10月10日、私は長野県松本市の信州大学を訪ねました。快晴のその日、行われたのは「柳田邦男文庫」寄贈記念講演会。実は、かねてから柳田さんの蔵書約1万5000冊を同大中央図書館に寄贈するプロジェクトが進んでおり、今回、大学から正式に贈呈がアナウンスされ、記念式典が行われたのです。
そもそも、なぜ柳田さんが信州大学と縁を持つことになったのか。経緯を聞くと、柳田さんはもともと、松本に隣接する安曇野市に移住する計画を立てており、先に蔵書だけ松本の書庫に移しておいたのだとか。ところが計画はやむを得ず中止となってしまい、松本に残した本をどうするか悩んでいた時、もともと知己だった信州大の宮坂敏夫名誉教授を介して寄贈が決まったのです。
私も担当編集者として中央図書館2階のセミナー室で行われた式典に参加。定員60名の会場でしたが、学生から一般の方までたくさんの参加者が集まり、後ろには立ち見が出るほどでした。セミナー室の前には、デビュー作『マッハの恐怖』(新潮文庫)をはじめ、柳田さんの著書がズラリ。過去の柳田さんの主要な著書を学生向けに無料で配布しており、感銘を受けるばかりです。
今回、柳田さんが寄贈したのは、国内を中心としたノンフィクション。「柳田邦男文庫」は、一般の図書館ではなかなか見られない、ノンフィクションの歴史を通観できるような構成になる予定です。書架が一般公開されるのは来年とのこと。
同大の中村宗一郎学長から柳田さんに感謝状が贈呈された後、柳田さんの講演が行われました。講演のタイトルは「“生と死”の現在-ノンフィクション作家の眼でいのちを見つめて60年-」。聖路加国際病院元院長の故・日野原重明さんをはじめ、柳田さんが取材を通して会った人、読んだ本を引き合いに、1時間超にわたり人間の生きる意味について語られました。柳田さんの声に熱がこもり、参加者もじっと言葉に耳を傾けていました。
私が特に印象に残ったのは、柳田さんがかねてから取材テーマとして掲げられている「2.5人称の視点」。次男の洋二郎さんを亡くされた経験から、「人の死は誰のものなのか」ということを柳田さんは突き詰めて考えてこられました。そこで、フランスの哲学者ウラジミール・ジャンケレヴィッチの理論を援用し、他人の死を客観的に見つめる「3人称の視点」から、愛する人や友人が亡くなった際の「2人称の視点」にいかに近づけるべきなのか……という2.5人称の視点を、具体例を挙げながら丁寧に解説してくれました。
満場の拍手で終わった講演会。その後も地元紙の取材対応をしていた柳田さんでしたが、1人の男子学生が自身の心の悩みを打ち明けたのに対し、終始、真剣な表情で聞いていました。
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