スパイ映画 国際情報戦のリアルが見えてくる

北村 滋 前国家安全保障局長

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《スペシャル特集》10人が太鼓判。ジャンル別ガイド

『007 ロシアより愛をこめて』は、1963年公開のジェームズ・ボンドシリーズの第2作目。原作はイアン・フレミングの同名小説だ。

 映画の方は回を重ねるごとに現実や原作との乖離が激しくなっていくが、本作品はエンターテイメント性を強調しつつも、原作の敵対組織としてKGBを強く想起させるソ連の暗殺機関「スメルシュ」が国際犯罪組織「スペクター」に変更された点を除けば最も原作に忠実だ。

 この原作は、1961年に、ジョン・F・ケネディ大統領が、『ライフ』誌の「私のお気に入りの本10冊」の1冊に掲げ、これに対して、フレミングが同大統領に「もっと真面目な本も読んでほしい」と発言したとの逸話も伝えられている。

「辱めて殺せ」は、「スメルシュ」がジェームズ・ボンドを対象に下した命令だ。この計画には、「ハニートラップ」、即ちソ連のエージェント、タチアナ・ロマノヴァによる性的誘惑と行為の「隠し撮り」という要素が含まれている。映画では、「ボンドガール中一、二を争う」と評して良い、タチアナを演じたダニエラ・ビアンキの全裸にベルベットの黒いリボンを首に巻いただけのいでたちが印象的だ。しかし、これは敵対組織がボンドを罠にかけ、彼の名誉を汚し、裏切り者としてスキャンダルを引き起こすための術策に他ならない。トルコのイスタンブールからヴェニスに向かうオリエント急行内での、刺客とショーン・コネリー演ずるボンドとの接近戦は、後に密室での格闘シーンの範ともなった。

ショーン・コネリー ©AFP=時事

 英国の秘密情報部(MI6、SIS)のエージェントとして、ボンドは「00(ダブルオー)」という称号を持つ特別な地位にあり、この称号を持つエージェントは「殺人許可証」を与えられている。当時、これを荒唐無稽の作り話のように思っていた。しかし、職業人として経験を重ねるにつれて、それがあながち嘘でもないことが理解出来るようになった。

 米国の国家安全保障戦略(NSS)は、DIME即ち、外交(Diplomacy)、情報(Intelligence, Information)、軍事(Military)、経済(Economy)を国家の権力を構成する四つの主要な要素を表すものとし、同戦略の実行において情報を重要な手段として位置付けている。DIMEの順番が示す通り情報の作用は、外交及び軍事の中間的国家作用と考えられており、受動的な情報の収集・分析にとどまらず、能動的なインテリジェンス・ディプロマシーや情報戦を構成するインテリジェンス・オペレーションを含む概念だ。ボンドのような特別な情報機関員は、この一翼を担っており、国家の安全を守るために、任務中に敵対者を排除することが包括的に許可されているということなのだ。

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source : 文藝春秋 2024年12月号

genre : エンタメ 国際 映画