百貨店を抜き、小売業界で売上高日本一を達成したダイエーを創業した中内㓛(1922〜2005)。副社長を務めた長男・中内潤氏は、社長である父をどう見ていたのか。
私にとって中内㓛は、「父」というより「ボス」でした。
親子でありながら、物心がついた頃からほとんど会話をした記憶がなく、㓛さんといえば「ダイエーの社長」という認識でした。私が入社した昭和55(1980)年には、子会社や関連企業が増え規模が拡大し、徐々に役職も増えていった。その度に「会長」などと呼称を変えるのも面倒だったので、ボスと呼ぶようになったのですが、本人も気にしていない様子でした。
私がダイエーに入ってから、たまに自宅でボスとお酒を飲むようになりました。そこで、ポツリ、ポツリと身の上話をしてくれたなかには、「商人・中内㓛」になる上で欠かせない要素もあった。それが、22歳で経験した太平洋戦争です。
激戦地であるフィリピンに軍曹として派遣された際、夜中に敵情視察に行くと米兵たちが兵舎でアイスクリームを食べていた。「俺たちは飢えをしのぐために靴の革を齧っているのに」とショックを受けた一方、戦地であってもアイスを作る機械を持ち込めるだけの流通体制が整っていることに感心したそうです。
加えてボスが落胆したと言っていたのが報酬でした。戦争から帰ると国から復員手当が支給されたのですが、「豆腐一二丁分程度しかなかった」。そこでこの時に「命を懸けて戦ったのに」と憤慨し、日本を豊かにすると誓ったのです。
昭和32年に大阪で「主婦の店・ダイエー薬局」を開業してから着々と店舗数と売上を伸ばしていきました。メディアではよく、ダイエーの方針と呼ばれる「価格破壊」が大きな要因として挙げられていますが、「よい品をどんどん安く」を信条とするボスからすれば、それは「破壊」ではなく当たり前のことでした。たとえば昭和48年のオイルショックでは、各店舗でトイレットペーパーが不足するなか、値上げするどころか値下げしたほどでした。「庶民の味方」であり続けたダイエーは、売上高で大手百貨店・三越を抜き、日本一の小売業となった。ボスは消費者のニーズに応え続けることによって、日本の高度経済成長を支えていったのです。
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