『釣りキチ三平』『マタギ』など、自然と共に生きる人々を描いた作品を世に送り出した漫画家の矢口高雄(1939〜2020)。生前親交があった、『かくかくしかじか』『東京タラレバ娘』などの作者・東村アキコ氏が、矢口作品の魅力を語る。
昭和は、手塚治虫先生や水木しげる先生の作品をはじめ今も読み継がれる名作が数多く生まれた時代。その中で矢口高雄先生は、自然をテーマに人間の力強さを描く新たなジャンルを確立した漫画家です。
矢口先生の作品との出会いは、小学生の時。『釣りキチ三平』を読んで、ストーリーの面白さやキャラクターに惹かれました。その後、美大に進学してからあらためて読み直した際に、先生の精緻な絵に衝撃を受けたのです。
矢口先生の画力の高さは漫画界で広く知られていますが、特筆すべきは背景の描き方。陽の光に透ける葉、水面のきらめき、川を泳ぐ魚の群れ。そのどれもが美しく躍動感にあふれている。しかも、草の種類ひとつとっても、山に生えているものと川辺のものを描き分ける細かさ。岩の形や質感も川と海で描き分けている。私は、自然の風景を描く時には、矢口先生の漫画を傍らに置き、参考にしているほどです。
漫画家は、キャラクターは自分で描いても背景はアシスタントに任せることが多い。でも、矢口先生はご自身で完成に近い状態まで描いていたのだと思います。先生にとっては、背景もキャラクターと同じくらい大切な要素だったのでしょう。
矢口作品に登場する風景は、先生の故郷である秋田県横手市の里山がベースになっています。この地でのイベントでご一緒した際、先生が生まれ育った地を案内してくださり、少年の頃、釣りをしていたという川にも行きました。それが、『釣りキチ三平』で見たままの景色で、とても感激したんです。きっと先生は、脳裏に焼き付いた故郷の風景を、正確に描き起こせる希有な力を持っていたのではないでしょうか。
矢口先生は高校を卒業後、一度は地元の銀行に就職。ご結婚されていてお子さんもいましたが、漫画家の夢をあきらめきれず、退職して上京し、昭和45(1970)年にプロデビューを果たした苦労人。当時すでに30代でした。漫画家としては遅咲きの部類に入るでしょう。
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