漫画の仕事を始めて、気がつけばもうすぐ四半世紀。少女漫画家としてデビューして以来、常に今を生きる女性に心を寄せて作品を描いてきました。幼稚園で自由画帳やチラシの裏にお姫様の絵を描いていた頃からずっと、私の絵師としての魂は女性美を描きたいと欲しています。思えば地元宮崎の親戚宅や旅館に何気なく掛けられた美人画に見惚れるような子供でした。金沢美術工芸大学では油画専攻でしたが、日本画の技法を学んだり、女性をモデルに美人画のような油画を制作したりもしました。
大学卒業後はアートから遠ざかっていましたが、いつかまた向き合いたいと思っていました。ありがたいことにこれまで締め切りがなかった時期がなく(多い時は6本の連載が同時進行していたことも。今は漫画誌の連載が2本と、スマホで読む縦スクロール漫画の新作を準備中です)時間的余裕がありませんでしたが、新型コロナウイルスで一変。食事会や講演会、取材旅行、出張、イベントがなくなりました。東村プロダクションは6年ほど前からiPadでデジタル制作しているので、日中はアシスタントも含めリモートで漫画を描いていましたが、夜の予定が真っ白になったことは経験のないことでした。
息子が寝たあとリビングでひとり、心ゆくまま描いたのは、着物姿の女性でした。40歳を過ぎてから茶道を習っていて、コロナの脅威に世間がざわざわし始めた頃のお稽古で姉弟子が着物に和柄のマスクを合わせていた姿が印象的で、まずそれを絵にしました。描き上げるともっと描きたくなって、夜な夜なiPadに向かいました。
20代で着付けの免状を取りましたが、お茶をきっかけに実地で着物を学ぶようになった時期でもあり、着物の柄が表す季節やシチュエーションと現代女性の心模様をマッチさせて、1枚ごとに漫画1話分くらいのストーリーを込めて創作しました。絵の中の女性は伝統的な柄の着物を纏いつつ、スマホを持っていたり髪色がピンクだったり。これは令和の美人画だなと思うようになり、「NEO美人画」が私の中のテーマになりました。
20点の連作を仕上げ、2022年秋にこの作品群だけの個展を開催。そして2023年にも新たに20点を制作し、「NEO美人画2023」を開催しました。
今回、「文藝春秋」1月号の目次絵には、細長いスぺースを反物に見立てて着物の柄をあしらいました。縁起のいい丸紋と、女性美を象徴する蝶々の小紋。日本古来の美しい紋です。この柄の着物は「NEO美人画」の最新作にも登場するので、どんな女性が纏うのか、見ていただけたら嬉しいです。
「NEO美人画」はNFTというデジタルデータとしても発表していて、ウェブ上でも見ることができます。NFTは最新の技術でコピーライトとナンバリングが管理され、限られた数の複製データが「代替不可能な本物」として存在し続けます。この仕組みは、浮世絵師が多くの人に作品を見てもらうために浮世絵を版画にして摺っていたのと似ています。一点ものの美術作品は誰かが家の奥にしまったらもう見られませんが、そうならないのがいい。リアル世界の個展と、デジタル世界のNFTの両方で発表する「NEO美人画」プロジェクトは、5年は頑張って続けようと思っています。
2023年はコロナ禍が明けて猛烈に忙しくなり、前年のように時間が作れず苦労しましたが、着物を着慣れている佇まいの美しいプロの方にモデルを依頼することができたので、創作意欲が掻き立てられ、まるで新しい表現となりました。世の中にはいろいろな美術表現がありますが、美人画は私にとって見ていて気持ちいいもの。伊東深水や志村立美の細い線で描かれた結い髪やスパッと筆一発で決まった着物の縞には快感すら覚えます。油画で学んだ写実表現と漫画表現の間にあるとも感じていて、私なりの美人画をこれからも模索していくつもりです。見てくださる皆様にも、着物と現代女性を通した日本美を愉しんでいただけたら幸いです。
source : 文藝春秋 2024年1月号