2024年の9月、「ナスカの地上絵が新たに303点発見」というニュースが飛び込んできました。発見したのは長年、地上絵の調査・研究を続けてきた山形大学の坂井正人教授です。そのニュースを聞いて、私は誇らしい気持ちになりました。今回の発見に大きく貢献したAIの画像認識技術の開発に携わり、その土台を築いたからです。
坂井先生から地上絵の発見にAIを活用できないだろうか、という相談をいただいたのは、2018年のこと。私は16年から日本IBMで野村幸平さん、林正生さんたちと企業などからの要望に応えて、AIの画像認識技術の実証実験を行っています。例えば、生鮮食品や工業製品の検品をAIでできないだろうか、といった依頼を受けて、それを可能にするAI技術を開発し、実装できるかを検証してきました。
考古学の分野からの依頼は坂井先生が初めてでした。先端技術を積極的に採り入れて研究を飛躍的に進めようとする坂井先生の情熱とチャレンジ精神に感銘を受けました。
坂井先生からまず渡されたのは、21点の地上絵を収めた航空写真。これをAIに学習させ、地上絵が分布するペルーのナスカ台地を写した航空写真から、地上絵かもしれない痕跡を抽出する。それが私たちに与えられたミッションでした。従来は航空写真や人工衛星画像を人間が精査し、現地で調査する場所の候補を探し出していました。地上絵が分布しているナスカ台地の面積はおよそ400平方キロメートル。東京都23区の約3分の2にあたり、広大です。人力による候補の抽出にはかなりの時間がかかっていました。その時間をAIで大幅に短縮できないだろうか。それが坂井先生の狙いでした。
しかし、21点はAIの学習には少なすぎます。また、最終的に発見したいのは未知の新しい地上絵です。地上絵のモチーフは多種多様なので、すでに発見された絵に似た痕跡だけをAIに探させていても新発見にはつながりません。AIがおよそ2000年前に地上絵を描いた人々の「タッチ」や「手クセ」を感知し、この痕跡は「地上絵っぽいぞ」と判断できるようにする様々な工夫が必要でした。その一つが、21点の画像を分割して、AIに学習させることでした。
開発の基本方針が固まったところで、野村さんに今回のミッションに適したAIのアルゴリズムの設計、林さんにその抽出に必要となる膨大な計算処理を短時間で行える環境構築を担ってもらいました。どのように分割すると、「手クセ」や「タッチ」の感知につながるかは、私が案配し、最終的に307点のデータをAIに学習させました。
このようにして開発したAIは1954点を新たな地上絵の候補として抽出しました。そして、現地調査を経て、人型、脚、魚、鳥の4点の地上絵が新たに発見されました。坂井先生によれば、抽出にかかる時間はざっと人間の20分の1になったそうです。先生はこの実証実験を経て、「AIは使える」という評価を下し、2019年から米IBMのワトソン研究所と協力して、AI技術の本格的な活用に乗り出しました。それが今回の303点の新発見につながったのです。
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