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中国版アノニマス、爆誕

──ところが、ほぼ全国民の情報がデータ化されたことで、意外な問題点が生まれた。

 それは、本来ならば最高レベルの国家機密に属するはずの、習近平をはじめとした党高官やその家族らの個人情報ですらも、データベースに組み込まれていることだ。彼らとて現代の中国人である以上、便利な暮らしとトレードオフで存在するデジタル管理の網と無縁ではいられないのだ。

メッセンジャーアプリ『Telegram』の悪俗圏系チャンネル内で暴露されていた、中国共産党中央機関紙『人民日報』総副編集長の個人情報。体制側には大きな脅威だが……。

 結果、これが体制の泣きどころになった。2018年ごろから、各種の手段で入手した党高官や一族の機密情報をインターネット上に暴露する行為(ドキシング)を通じて党体制に反抗する、「悪俗圏」と総称される若いネットユーザーのグループが現れるようになったのだ。

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 悪俗圏はいわば、中国版のアノニマスやウィキリークスとも呼ぶべき存在で、年齢的にはZ世代(1990年代後半以降生まれ)が中心。かつて胡錦濤時代(~2012年)まで比較的自由だった中国の大規模掲示板『百度貼吧』を拠点にしていたオタク層だ。

 日本アニメのファンが多い関係から、往年の日本の『2ちゃんねる』系のアングラネット文化とも親和性が高く、「淫夢」や「恒心教」などの不謹慎文化の影響すら色濃い(アメリカのアノニマスが、日本のふたばちゃんねるや2ちゃんねるの影響を受けたのと同様だ)。

 記事冒頭に登場した肖彦鋭は、悪俗圏の中心人物だった1人だ。かつては悪ふざけ情報とドキシング情報の集積サイトであるオンライン百科事典『悪俗ウィキ』(悪俗維基)や『シナウィキ』(支納維基)の管理人をつとめていた。

「ゲーマー近平」大量発生

「習近平に限らず、身分証番号が本物かどうかを確かめるいちばん簡単な方法は、(中国の最大手IT企業である)テンセント社のウェブサービスに新規ユーザー登録をすることなんだ」

 肖彦鋭は話す。テンセント社は中国最大手のIT企業で、中国人の大部分が使うメッセンジャーソフト『WeChat』や『QQ』の提供元である。これらは事実上、国民的規模の通信インフラであるため、テンセントの利用者登録システムは、中国公安部のデータと直結している。だが、日本では到底考えられないこの仕組みこそ、あべこべに利用できるのである。

中国の身分証番号の仕組み。ウィキペディア中国語版の「中華人民共和国公民身份号碼」の記事より抜粋。

「たとえばゲームサービスの『テンセント・ゲームス』に新規登録して、習近平の身分証番号を入力すると、自動的に公安部のデータを参照してくれるから『**平』と名前の一部が表示される(笑)。これで番号が正しいかの見当がつくわけだ。いまは、みんなが習近平の身分証番号で新規ユーザー登録をやったせいで、使えなくなったらしいけれどね」

「ゲーマー近平」が大量発生。しかし、ここまではまだ序の口だ。悪俗圏のネットユーザーたちはやがて、習近平の身分証番号に紐付けられている他の情報まで、芋づる的に調べ上げていった。

2018年ごろから「悪俗圏」系の中国語サイトで流布されている習近平の個人情報。住所をGoogleマップで検索すると、党指導者らが暮らす中南海の場所がヒットする。

不良警官、10万円で指導者を売る

「2018年末、身分証番号を手がかりにして習近平の詳細な戸籍情報が明らかになった。僕たちの仲間のアメリカにいるグループが、内輪で6000元(約10万円)を集めて、何人かの仲介者を挟む形で、一般の警官の『警務通』端末で検索して表示された個人情報を買い取ったんだ」

 全国民の個人情報が検索可能なハイテク移動端末「警務通」が、安月給にあえぐ最末端の警官にまで行き渡ったことで、逆にカネで転んで個人情報を売り飛ばす不良警官が生まれてしまったのだ。特に交警(交通警察)からの流出が多いという。