カール・ヤスパース『われわれの戦争責任について』

第22回

與那覇 潤 評論家
エンタメ オピニオン 読書

他人を叩くための「反省」でなく

「これはお前らの罪だぞ」――

 残酷な場面を切りとった写真に、そうスローガンを添えて脅す広告が、日々の生活で目に触れる場所に掲げられ続ける。SF小説でも、今日のネットの中でもなく、80年前に実社会で起きたことだ。

 プラカードに貼られたのは、解放の後に判明した、ベルゲン・ベルゼン強制収容所の惨状。1945年5月に無条件降伏したドイツで、連合国の占領軍が行う再教育キャンペーンの一環だった。

 ナチスの蛮行に照らせば、断罪も過酷になるのはやむを得ない。しかし、こうしたやり方は禍根を残し、かえって新たな悪を招かないか?――自らがドイツ人であることを踏まえつつ、早くも46年の書物で、そう問い返した著者がいる。

カール・ヤスパース『われわれの戦争責任について』(ちくま学芸文庫)品切れ

 戦前から実存主義の哲学者として知られたヤスパースは、敗戦後の大学の講義で、いま自国民が背負うべき罪を4つに分けた。民主主義の下でナチスの体制を成立させ、外国の手で倒されるまでそれを容認してきた以上、「政治上の罪」をドイツ人の誰もが負うのは、当然である。内心では自分もイヤだった、などと弁解して逃げることは、許されない。

 しかし「刑法上の罪」に関しては、問われるのはあくまで不法な暴力を振るった個人だ。やっていない者まで「同じドイツ人だから」として復讐に遭うなら、裏返しの全体主義が生まれてしまう。

 さらに、命令であれ正しく思えないことに手を染めた「道徳上の罪」と、非業の死を遂げた人がいるのに自分は生きているという「形而上的な罪」は、あくまでも本人が心の中で、不断に問うべきものだとした。他人を叩くためにこの2つを振りかざすのは、罪の濫用なのだ。

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source : 文藝春秋 2025年12月号

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