5歳くらいの頃からぼんやりと作家になりたいと思っていた。きっと生来のへそ曲がりの故だろう、幼稚園の卒園のしおりの将来の夢の欄にはちょっとずらして「本屋さん」と書いた。小学校の卒業アルバムには「甲子園の土を踏む」と書いてある。小中学生の頃には確かに野球をやっていたのだけれども、そこまで熱心と言うわけでもなかった。
その後もへそ曲がりは続く。高校では理系コースに進み、大学は法学部、25歳からは起業した友人に付きあってその会社で役員をやっている。そんなこんなで結局デビューしたのが34歳の頃で、少々遅めの作家デビューとなった。「寄り道などせずにさっさとやればええやないか」、「何をもたもたしとんねん」、と内なる関西人(オルターエゴ)が関西弁で突っ込んでくることもないではなかった。
社会人として働く際に入社試験を受けて会社員となるのか、会社の立ち上げから創業メンバーとして参加するのか。給与はたいして変わらない――どころか、前者の方が高いことも往々にしてあるだろう。さらに言えば日本の雇用関係法を鑑みるとはるかにリスクも低い。それでも僕は後者を好む傾向にある。これは、いずれ会社がうまくいけば、報酬もあがって、自由度も上がるかもしれない、といった先行者利益的な話とはまた違ったことだ。より報酬が高く、リスクも低い道よりも、どうやら僕は手応えを求めている。同じ歯車として役割を担うのだとしても、うまくこなすのではなく、「俺だからこそこのような動かし方ができているのである」という実感が欲しい。「お前がいなくともいくらでも代わりがいる」という定型句(クリシエ)は、現代人の多くが既に受け入れていることだろうし、なんならその世界観の下、クールに淡々と大衆をだまくらかすくらいの気持ちでことに当たった方が、いわゆる成功はしやすいのかもしれない。であるならば、僕は別段成功などいらない。どうせ人間はいつか死ぬのだから、この「俺だからこそできたのだ」という実感を覚え続けたうえで、「我が生涯に一片の悔いなし」(『北斗の拳』原作:武論尊 作画:原哲夫)と拳を天に突き上げた状態で逝きたい。
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source : 文藝春秋 2020年6月号