すべてが一夜にして変る

日本再生 第85回

立花 隆 ジャーナリスト
ライフ 社会 歴史

 最近私は、かつてわれわれの世代が歴史の常識として当り前の事実として受け入れていたことが、次々と書き換えられていることを知って、ビックリしている。昔は高額紙幣というと別名聖徳太子だったが、いまは聖徳太子の肖像が入った高額紙幣は使われていない。これは聖徳太子の歴史的存在が怪しまれるようになったことが根底にあるが、肖像そのものの歴史的信憑性も怪しくなっている上に、歴史的事績も怪しくなっている。「冠位十二階」の制定も憲法十七条の制定も怪しくなり、聖徳太子の名前も怪しくなり、いまや、教科書では「厩戸皇子」などと併記するのが標準的になっている。

 貨幣でいえば、日本最古の貨幣は和同開珎ではなく富本銭になっているし、昔、1192(イイクニ)作ろうと覚えた鎌倉幕府ができたのも、1185年(イイハコ作ろう)になっている(守護・地頭の設置)。幕府を作った源頼朝もかつては、神護寺にある肖像画が源頼朝像と覚えていたはずだが、いまはあれは足利直義像とする説もあるなどなど、大幅な歴史の書き換えがおこなわれている。

 歴史の解釈は一夜にして変ることがある。今年のピューリッツァー賞は、ハリウッドの有名プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏のパワハラ・セクハラ疑惑を最初に暴くと共に、同様のパワハラ・セクハラに泣きながらそれに反撃の声をあげる女性をふやしていった、「#Me Too運動」の中核となったニューヨーク・タイムズ紙とニューヨーカー誌に対して与えられた。#Me Too運動がワインスタイン氏の権威を失墜させたのだ。

「週刊新潮」によってセクハラ事件を暴かれた福田淳一財務次官も評価を下げた。4月18日の突然の辞任報道が世を揺るがしたが、本人はそのセクハラ疑惑報道はまったく身に覚えがないことだとして全否定し、新潮社に対して名誉毀損の訴訟を起こし裁判で決着をつけるとした。財務省もセクハラを受けた女性は顧問弁護士のところに名乗り出てほしいと要請していた。そんなことをいっても、被害者は名乗り出ないのではといわれていたが、深夜午前零時(19日)になって、テレビ朝日が、その女性は自社の社員であり、証拠の音声記録もあり、それを「週刊新潮」に提供したのも同じ社員であると発表した。

 この発表によって、セクハラ事件は、ほんとかウソかわからない疑惑の事件から、一転して、肉声記録(オッパイさわっていい?)付きの財務次官によるハレンチなセクハラ言動の全記録事件になってしまった。それによってアメリカで起きていた#Me Too運動と同じ流れ(セクハラ被害者による抗議行動)に属するものとなった。その翌日には、日本の国会は「#Me Too」の看板を手にかかげた黒服の女性議員たちで埋めつくされ、日本も男のセクハラ当り前社会から男のセクハラへ「ノー」を突きつける「#Me Too」社会へ一夜で逆転した。

 今後政局は大きく動きだすこと必至である。福田財務次官の突然の辞任発表があった18日は旧小泉政権の同窓会の日でもあったが、その数日前、小泉元首相は、「(安倍3選は)難しいだろう」と、これから起きるにちがいない大きな政治変動を予測していた。この日はまた次の総理候補の一人、岸田文雄政調会長の派閥パーティーの日でもあり、いつも戦争はさけようとするお公家さん集団とみられてきた同派も「いざというときはやるんだという姿勢を見せなければならない」と息まいていた。

 今後、とくにはじめて開かれる予定の米朝首脳会談がどう展開するかわからず、貿易戦争問題をかかえた米中関係もこれから難行苦行必至の日々が続くと予測される。そういう状況の中で、安倍政権の支持率がどんどん下がっているが、これから国際環境、国内環境ともに難問が次々に突きつけられる日々が続くだろう。

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source : 文藝春秋 2018年06月号

genre : ライフ 社会 歴史