トランプ大統領の得意技は突然の決断決行だろう。
歴代の大統領が悩みに悩むだけで、実行できなかったさまざまなことを、大統領に憲法上許された特権である大統領令の発動という形をとることで、一挙に独断専行、実現させてしまうという手である。ニュース映像で、大統領令に自分の名前を署名した上で、そのサインをテレビカメラに示して大写しにさせる場面がよく出てくるが、あれがだいたいそうである。議会で多数派の賛同を得た上で然るべき法案を作って通すという日本の国会でよく見るスッタモンダの多数派工作なしに、一挙に権力者の政治決断を形あるものにしてしまうのが、このアメリカ方式の政治過程の特色である。
トランプ政権になってから、大統領の署名一つで重大政治決定(特定のイスラム諸国からの政治的難民の入国禁止とか、メキシコとの国境に壁を建設してしまうとか)があっという間に実行に移されるといったことが、たびたび行われてきたのは、トランプ大統領の独特の政治感覚と、アメリカの独特の政治システムがうまく結びついた結果だろう。
つい最近行われた、アメリカがイスラエル国内に置く大使館を、テルアビブからエルサレムに移すことにするという決断もそうだった。歴代大統領が手を付けなかったけれどトランプ大統領がアッサリやってのけたのだった。
中東問題に関心がある人なら誰でも知る通り、エルサレムは、イスラエルが首都と主張するが、同時にパレスチナ暫定政府が将来自分たちの国ができたときに首都とするべき場所と宣言しているため、その主張を尊重している国々(日本、アメリカなど有力自由主義諸国)は、大使館をエルサレムではなくテルアビブに置くという形をこれまではとってきた。アメリカ国内には、有力イスラエル(親ユダヤ人)ロビーがあり、その人々はイスラエルの主張を尊重して、大使館をイスラエルの主張通りエルサレムに置くべきとしていた。
トランプ政権内では、娘のイバンカの結婚相手(大統領上級顧問)のクシュナーがユダヤ人・ユダヤ教徒であり、イバンカもユダヤ教に改宗したため、イスラエルの主張に賛同する立場をとっている。トランプ大統領も、イバンカ、クシュナーの主張に賛同して、大使館をエルサレムに移動させる側に立ったと考えられている。
しかしこの決断に対して、アラブ諸国は、親パレスチナ暫定政府・反イスラエル政府の立場をくずしていないため、アメリカ政府の大使館移転決定後も、彼らの大使館を移動していない。さらにパレスチナ人の反発も激しく、現地ではあちこちで第3次インティファーダ(反イスラエル暴動)の様相を呈しており、そう簡単にはことが収まりそうにない。
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source : 文藝春秋 2018年07月号