二〇二二年は、「百年」という年月を考えさせられた年だった。
まず、前年に亡くなられた瀬戸内寂聴さんが、ご存命なら百歳になられていたはずだった。誰もがそれを疑わず、私などは、瀬戸内さんをどこか不死身の人のように感じていて、本気で百十歳くらいまで生きられるのではないかと思っていた。人の寿命に必然などはないが、未だに何となく、そのことの意味を考えてしまう。瀬戸内さんと同い年だったドナルド・キーンさんも、やはり、百歳を待たずに他界された。私は、そういう人たちの最晩年に、辛うじて間に合い、必ずしも長くはなかったが、それなりに深いおつきあいを通じて大きな影響を受けた。
一方、二〇二二年は森鴎外没後百年(生誕百六十年)という記念の年だった。
鴎外派の私は、森鴎外記念館の特別展「読み継がれる鴎外」に、企画協力という形で携わり、改めて鴎外作品を読み返し、人前で話をする機会も少なからずあった。
鴎外というと、随分と、遠い昔の人のような感じがするが、瀬戸内さんやキーンさんが生まれた時には、実はまだ存命だった。享年六十歳だったが、八十歳まで生きていたなら、日米開戦を見てから死んだことになり、百歳まで元気だったなら、三島由紀夫のような戦後作家とも接点を持ち得ただろう。三島にとって、理想的な父性の欠如は、生涯に亘る主題となり、また、鴎外をその意味で理想化していたが、実際に会って話をしていたなら、少なからぬ影響を受けていたのではないか。
しかし、実際には、鴎外はその前に死んでおり、日本が最も悲惨な戦争に突入していったことも、また、戦後、焼跡から復興し、高度経済成長を経験したことも知らない。江戸時代に生まれ、日本の近代化を「普請中」と認識し、日清・日露戦争に参加した鴎外が、そうした未来を目の当たりにしていたら、何を思い、何を書いただろうか?
逆に、瀬戸内さんは、その鴎外が知ることのなかった百年を生きているのである。
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source : 文藝春秋 2023年1月号