北朝鮮は2022年9月から毎週のようにミサイルを発射した。その集大成として11月18日には新型大陸間弾道ミサイル「火星17型」を発射。驚かされたのは、金正恩が李雪主(リソルチュ)夫人と娘を引き連れて実験現場を訪れたことだ。親子同伴のミサイル発射実験の裏には、核保有国・北朝鮮を次世代に引き継ぐという金正恩の強い意志が見え隠れする。ミサイル連射はもとより、金正恩が進める核開発には巨額な国家資金が投入されており、北朝鮮人民の生活を苦しめている。しかし、彼らがどのような生活を送っているのか報じられることは少なく、見えてこない。金正恩の核戦力強化路線による負担に加えて、90年代に北朝鮮全土を襲った深刻な大飢饉「苦難の行軍」の爪痕は深く、未だに世界最貧国レベルの生活を強いられ、餓死の恐怖におびえる人々も少なくない。
「苦難の行軍」では、数十万から数百万人(北朝鮮の人口は約2500万人)といわれる大量の餓死者が発生した。人々は生き残るために社会主義経済に見切りをつけ、チャンマダンといわれる「ヤミ市場」に頼るようになった。露天形式のチャンマダンでは、中国で生産され密輸されたものや、軍隊によって横流しされた国連物資なども売られた。商売にいそしむ人々がいるなか、痩せ細った軍人たちが粥をすすり、コチェビと言われる浮浪児が路上に落ちた食べかすをあさり、物乞いをする。崩壊した北朝鮮経済を象徴する殺伐とした光景が繰り広げられた。
一方、チャンマダンを通じて人々は市場経済で当たり前の「モノを仕入れて売る」ことを学ぶ。皮肉なことに苦難の行軍の多大な犠牲によって、北朝鮮に資本主義経済、いわば「草の根資本主義」が生み出されたのだ。一般庶民たちは金正日の無策ぶりに見切りをつけ、軍人、朝鮮労働党員でさえも生き残るためにチャンマダンに頼らざるをえなくなった。
2000年代に入ると、チャンマダンは事実上の公設市場となり、北朝鮮はなし崩し的に資本主義経済へ変容した。金正日は何度も北朝鮮式資本主義の象徴であるチャンマダンを統制しようとしたが、その度に失敗。金正恩は市場を黙認し管理費などの名目で市場からお金を吸い上げる「実を取る」方針へ変更せざるをえなかった。20年に大ヒットした韓流ドラマ「愛の不時着」でチャンマダンは賑やかに描かれているが、決して美化しているわけではない。食糧事情を例に挙げると、90年代の主食は安価なトウモロコシ(コメの半分以下の値段)でつくった「カンネご飯」と呼ばれるもので一日二食だった。しかし、ここ数年はコメの値段も安定傾向で「トウモロコシを食べるのは貧困層」と揶揄される。チャンマダンで最も稼ぐ「古着商売」では、日本製や韓国製のクオリティの高さが好評だ。中国製品には粗悪品のレッテルさえ貼られることもある。携帯ユーザーの増加も見逃せない。2021年の調査によると都市部では70%が所有し、うち40%がスマートフォンだという。
いかに核放棄をさせるのか?
生活レベルが90年代に比べると相対的に向上したことは疑いようがない。しかし絶対的には未だに貧困国レベルであり、草の根資本主義も脆弱である。なによりも金正恩は、少しずつ上向いてきた人民の生活と経済活動を破壊しようとしている。
北朝鮮は2020年1月から、新型コロナウイルスの流入を防ぐとして国境を封鎖し、貿易も停止した。慢性的な食糧難に加え、ロックダウンと市場閉鎖は経済麻痺を招きつつある。現金収入が激減したことで蓄えが底を突き、家財道具を売り払って失踪する家族が増加している。コメではなくジャガイモを主食にしている両江道(ヤンガンド)では、ジャガイモの皮や乾燥させた大根の葉などを求める人々もいる。貧困の象徴であるコチェビも増加し、「餓死寸前だ」「苦難の行軍を彷彿とさせる」という悲鳴も聞こえてくる。
金正恩は一般庶民の生活には興味がないのか、有効な手を打とうとしない。一方、「絶対に核を放棄することができない」と断言して核ミサイルに執着する。すなわち、金正恩の核ミサイルは北朝鮮人民の生存権すらも脅かしているのだ。核を放棄させることは、東アジアの安全を保障するだけではなく、結果的に北朝鮮人民を救うことになる。そのことを踏まえて、暴君・金正恩に率いられた国家に脅かされ続けるのか、それとも体制変革のために積極的なアクションを起こすべきなのか、日本は考えるべきだ。
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