安倍・プーチン外交はなぜ失敗したか?

この国をいかに守るか

名越 健郎 拓殖大学海外事情研究所特任教授
ニュース 社会
名越健郎氏

 1991年のソ連邦崩壊以来続いた日露の平和条約交渉は、今回のロシア軍によるウクライナ侵攻で完全に吹き飛んだ。日本がG7(主要7カ国)と対露経済制裁を発動すると、ロシアは日本を「非友好国」に指定、平和条約交渉と北方領土のビザなし交流を打ち切った。

 曲折を経た過去31年の日露交渉で、対露外交に最も熱意を注いだのが故安倍晋三元首相だった。父の遺志を継いだ安倍は任期中の平和条約締結を使命とし、プーチン大統領と27回の会談、11回の訪露を重ね、メディアも大々的に報じた。

 安倍・プーチン交渉にはヤマ場が二度ある。一つは2016年12月の山口県長門市の温泉旅館での会談で、安倍は「重要な一歩」と表明するも領土問題に進展はなく、失望感が高まった。二度目は2018年11月のシンガポールでの首脳会談。両首脳は「(歯舞・色丹引き渡しを謳った)1956年日ソ共同宣言を基礎にした交渉加速化」で合意。安倍は国是の「4島返還」を放棄し「2島」に大転換した。しかし、この歴史的譲歩にもロシア側は強硬姿勢を崩さず「ゼロ回答」に終わった。

 奇妙なのは、本来リアリストの安倍が「好意を示せば、相手も応じる」といったナイーブな発想で、プーチンの強硬発言を読み違えたことだ。

 2018年9月、プーチンが「領土問題抜きに平和条約を結ぼう」と述べると、「平和条約締結への意欲の表れ」と好意的に受け止め、「島を引き渡すとそこに米軍基地ができる」と懸念を示せば、「トランプ米大統領は日露平和条約を支持している」などと楽観的だった。

 二人だけの密室会談には謎が多い。スパイ出身で人たらし、レトリックを得意とするプーチンの真意を十分に理解できなかったのかもしれない。政権発足当初はプラグマチストだったプーチンも、後期は内政的必要から愛国主義に立脚する保守イデオローグに変身。初期の外交で成果を上げた欧米諸国との関係が悪化した。

 オバマ元米大統領やメルケル前独首相らは、プーチン政権の本質を直視するよう安倍にアドバイスした。だが、経産省組が主導権を握る首相官邸は依然、前のめりだった。ロシアは逆に、「領土問題は存在しない」「4島領有は第2次世界大戦の結果」と居直り、2020年には「領土割譲禁止」の憲法改正まで行った。

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source : 文藝春秋 2023年2月号

genre : ニュース 社会