2020年度の国民医療費は43.0兆円と、前年度(44.4兆円)と比べ1.4兆円の減(3.2%減)で、減少幅は過去最大となった。
この年度の「医療費の動向」によると、受診延べ日数がマイナス8.5%と全体的に減少し、とくに未就学者の1人当たり医療費が17%減と大きい。国民医療費が減少したことは過去にもあるが、「受診控え」による大幅な減少はこれまでにないケースだ。
コロナ禍で医療崩壊が現実のものとなり、「限りある医療資源の最適配分」という医療経済学の基礎をなす考え方が、情報番組やニュースを通じてお茶の間にまで伝わった。
ここでの医療資源には、モノ以外の要素、具体的には医療スタッフが提供するサービスも含まれる。モノが無限ではないのと同様に、ヒトが使える時間も有限だ。どちらも限界があり、できるだけ効率的に使うべき、というのが基本的な発想である。
「医療資源は有限だと思いますか?」とイエス・ノーで質問すれば、ほぼ全員がイエスと答えるだろう。資源に限りがあることを説明する際、これまでは、医療費のような、お金の力を借りることが多かった。お金は限りがあることがイメージしやすい反面、「不足分はほかから融通すればよい」という発想につながる。このため、「自己負担や保険料を上げる」「ほかの予算を医療に回す」といった、入ってくるお金を増やす対策が主眼となり、出ていくお金の最適化の議論に行き着かなかった。
3年にわたるコロナ禍が、この流れを根本的に変えた。
病床や人工呼吸器の不足により、お金ではなく物理的な医療資源に限りがあることを多くの国民が認識した。コロナ禍の長期化で、医療や公衆衛生を無条件で優先すれば、他の分野にしわ寄せが来ることも否応なしに知れ渡った。前述の「ほかから融通すればよい」という考え方の背景にあった“医療は当然に他の分野よりも優先される”という価値判断が揺らいだ。飲食業界・観光業界への影響など、「しわ寄せ」が可視化されたことで、医療を聖域化する議論そのものが基盤を失うに至った。
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source : 文藝春秋 2023年2月号