円安の急進と物価高には抜本的な手も打てず、追加歳出約29兆円という総合経済対策の財源はほとんど借金だのみ。岸田政権のこの政治的な無責任さと、良識ある経済政策の不在こそまさに「アベノミクスの負の遺産」というべきものだろう。
私が第2次安倍政権の経済構想を「アベノミクス」と題して初めて批判したのは、2012年12月19日付の朝日新聞朝刊1面に載せた論文記事「アベノミクス 高成長の幻を追うな」だった。
1980年代、米レーガン政権の矛盾だらけの経済政策がレーガノミクスと呼ばれて批判されたのは有名だ。私もこのいかがわしい政策を安倍晋三氏の名を冠した呼び名で揶揄してみようと考えたのだった。
その3日前、安倍総裁率いる自民党は総選挙で3年余ぶりの政権返り咲きを決めていた。選挙戦で安倍氏は「脱デフレのため日本銀行に輪転機をぐるぐる回してお札を刷らせる」と訴えていた。先進国で禁じ手とされる財政ファイナンスと呼ばれる手法だ。いわば日銀を打ち出の小槌に仕立てようという暴論だった。
揶揄したはずの呼び名は、やがて安倍首相自身が米ニューヨーク証券取引所の講演で「バイ・マイ・アベノミクス(私の経済政策は買い)」とアピールするなどみずから好んで使うようになる。
ちょうど米欧経済が停滞から脱し、世界景気が上昇に転じていた。この波に乗って円安・株高が進み、政権はアベノミクスが日本経済を救う画期的な政策だと喧伝した。こうして私の思惑とは異なり、アベノミクスがさもすばらしい政策のような印象が国民に浸透していく。
一方、専門家たちはアベノミクスを「危うい政策」と冷ややかに見ていた。私が意見を求めた経済学者、官僚、日銀OBたちはほぼ全員が批判的だった。だがそれが世論に響くことはなかった。首相支持の保守派、超金融緩和を主張するリフレ派も反対論に激しく言論攻撃を仕掛けており、標的になるのを嫌がって対外的な意見を控える人が少なくなかった。
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source : 文藝春秋 2023年2月号