オーソドックスな金融論では、中央銀行の金融政策とは、政策金利の上げ下げのことでした。景気が過熱すれば政策金利を引き上げ、景気が悪化すれば金利を引き下げる。これを伝統的金融政策と言い、副作用がないことが実証されている方法です。
ところが、2013年に黒田東彦氏が日銀総裁に就任してから大々的に始めたのが量的緩和、つまり「ばらまくお金の量」の拡大です。金利をゼロ%まで下げ、「金利を引き下げる」という伝統的金融政策がこれ以上とれないので、銀行間取引市場にお金をじゃぶじゃぶ供給しようという発想です。市場にお金が溢れれば、お金はいずれ市中に染み出ていき、景気を刺激するだろうという目論見でしたが、新しい手法なので効果も副作用も検証されないまま実行されてしまいました。
このお金のばらまきは、日銀が市中から国債(特に長期国債)を購入し、その代金を民間銀行が日銀に持っている当座預金口座(=日銀当座預金)に振り込むという形で行われました。
日銀の負債、696.4兆円の大部分は発行銀行券と日銀当座預金です。この二つに貨幣流通量を足したものをマネタリーベースと言いますが、このマネタリーベースは、GDP(国内総生産)がほとんど変わっていないにもかかわらず、30年前に比べて約14倍になりました。つまり経済規模はほとんど変わらないのに、ばらまくお金の量を14倍にしてしまったということです。
これではお金の価値の希薄化(=インフレ)が激しく起きて当然でしょう。「円」が為替市場で弱くなりつつあるのは、その表れなのです。金利引き下げの他にお金のばらまきを加えることは、「デフレというジリ貧から脱しよう」として、「ドカ貧を招く」ことだと、当初から私は反対していました。
たしかに現在、日本のインフレ率は世界に比し低く、したがって円安も私が予想していたほど進んではいません。しかし、それは他国と違い、政府・日銀が国債、株式、為替市場を管理下に置き、強引に繕っているからに過ぎません。ここまで市場に大規模に介入している国は他にはないのです。まさに計画経済国家、社会主義国家ですが、このような計画経済的な試みは膿をためるだけで、最終的に大きく破裂するのが歴史の常です。だからこそ私は大いに警告を発しているのです。
凄まじいハイパーインフレが
政府が歳出を賄う手段には「増税」と「新しく紙幣を刷る、すなわち財政ファイナンス」という二つの方法があります。政治家は国民が嫌がる増税よりも後者を選択しがちですが、その結果は紙幣価値の毀損です。こうした事態を避けるために、世界の先人たちは、中央銀行を政府から独立させたり、財政ファイナンス禁止を法制化してきました。しかし黒田総裁は、先人の知恵を無視してしまったのです。
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