2000年代、正社員は学生のあこがれの的だった。就職氷河期に若い非正規労働者が激増し、フリーターが社会問題となった。教師も親も、そして若者自身も正社員で就職すれば「人生勝ち組」と本気で信じていた。これに拍車をかけたのが、2008年末の「派遣村」の衝撃だろう。リーマンショックが起こると派遣労働者たちが大量解雇され、社員寮からも追い出されて路上にあふれ出た。「派遣村」はそうした非正規労働者たちが厚生労働省前の日比谷公園にテント村をつくり、ボランティアの支援を受けながら抗議活動をしたもので、同年の年末から年始にかけて連日大々的に報道された。
ますます強まる正社員への就職欲求。そこに登場したのが「ブラック企業」だ。「365日24時間死ぬまで働け」を社訓として「理念集」を肌身離さず持つことを要求した居酒屋大手ワタミのように、正社員として採用する代わりに会社に尽くすことを求める企業が跋扈し始めた。
変化は数値にも表れている。就業構造基本調査によれば、過労死ラインを超える週60時間の労働に従事していても、年収が250万円に満たない正規雇用の男性は、1997年には7.9%だったが2012年には11.2%へと増加。300万円未満まで含めると、20.8%に上る。過労死するほど働いても、5人に1人は300万円にも満たないのだ。過労と貧困が同居する「ハードワーキングプア」が広がった。
一方、職務や勤務地、労働時間を限定する「限定正社員」の拡大が政府・財界によって打ち出された。ワークライフバランスを追求できる点では好ましいが、その他の正社員の無限定な働き方を前提にするものであり処遇もかなり低い場合がある。要は、正社員は過酷化する一方で「階層化」したということだ。
さらに、従来型正社員には容赦のない「追い出し部屋」も広がった。従来型の年功型の労働者を流動化させる(追い出す)ために、政府はこれまで雇用維持のために企業に支出していた雇用調整助成金を大幅に削減し、人材コンサルの支援を受けて社員自身に自分の次の仕事を探させるための費用を支援するようになった。マスコミからは「リストラ助成金」と批判されたが、もはや中高年社員のリストラは常態化している。
このように、従来型の正社員が「追い出し部屋」で削減されるのと同時に、使い捨ての「ブラック企業」の正社員や、低処遇の限定正社員など「正社員」を階層的に扱う労務管理が広がっていった。もはや「正社員=勝ち組」とはいえないのだ。
ブラック化がとまらない
正社員を過酷に扱う人事制度も広がってきた。代表的なものが「月給」に残業代を含めて表示する「固定残業制」だ。月給に数十時間分の残業代を含めるなどして、1時間当たりの賃金を低く(多くは最低賃金)に設定しつつ、長時間残業を前提にすることで月給を高く見せる方法である。また、裁量労働制など専門性を前提にした制度が、むしろ低賃金化の手段とされている実情もある。NPO法人POSSEが、2018年1〜4月の間にハローワークに寄せられた求人を調べてみたところ、月給の下限の表示が25万円以下であるものが、全体の約9割を占めており、20万円以下に限っても7割だった。高度に専門的な労働者という名目で低賃金・長時間労働を狙う企業が後を絶たないのである。
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