スクープは癒着から生まれる

炎上と分断を超えて

小俣 一平 元NHK社会部記者
ニュース 社会
小俣一平氏 

 記者の取材の方法は十人十色で、問題意識も立ち位置も全く異なる。足利事件などの冤罪を暴いた日本テレビの清水潔氏や公安警察の闇を照射した共同通信(当時)の青木理氏のように、権力と対峙しながら取材活動を続けてきた記者たちもいるし、文春砲のように権力の不正を容赦なく暴き続ける週刊誌もある。一方で権力の代弁者と見紛う動きをする記者たちもいる。読者には前者は賞賛の対象であり、後者は唾棄すべき存在と受け止められがちである。しかしそれぞれに「記者の一分」がある。

 一筋縄ではいかないのが、特捜検察取材だ。時に国家権力が捜査対象になるからだ。私も17年にわたり検察取材をしてきたが、事件が明るみに出るまでに情報を掴み、“弾けた”ときに準備が出来ているかが、他社との最初の勝負と言っていい。

 取材先に肉薄するには、相手の信頼を得る以外に方法はない。そういう意味では、2020年5月、当時の黒川弘務東京高検検事長と賭けマージャンをしていた新聞記者ら3人の騒動は、“不幸中の不幸”だった。確かにコロナ下であり、マージャン相手が、検事長の定年延長問題をめぐる渦中の人物として非難の標的になり、タイミングも最悪だった。

 しかしこの記事を読んで、逆に彼らを凄いと思った。検事長とサシでマージャンが打てる記者はそうはいない。そこまで食い込むには、長い年月、共に過ごした時間が必要であり、信頼関係がなければ無理だからだ。彼らは、世間の猛攻撃で憔悴している黒川氏を慮って気分転換にと、マージャンに誘ったのが裏目に出た。事が公になり、取材源を守れなかったことで、3人は現職を解かれ、1人は、黒川氏が略式起訴されたことに責任を痛感し、立場上の理由もあって退職した。今も彼らは、慚愧に堪えない思いでいるのだが、実は当時、黒川氏に退官を勧めていたことは余り知られていない。

黒川検事長の賭けマージャンが騒動に

 とかく密着取材は癒着取材と謗(そし)られ、捜査に依拠した記事を執筆すれば「検察と一体になって」と非難される。だが記者と取材先は、ベッタリなのかというと一事が万事そうではない。1993年に起きた検事による容疑者暴行事件で、当時の𠮷永祐介検事総長に、「被害者に謝罪に行くべきだ」と則定衛刑事局長が進言したことがある。𠮷永氏は、「なぜ俺が行かなきゃならんのだ」と激怒し、私に同意を求めた。しかし私が、「則定さんの意見は、良いことじゃないですか」と逆に肩を持ったことで逆鱗に触れ、しばらく会ってもらえなかった。取材先との距離の取り方では、おかしいことは「おかしい」と言い、「どう思うか」と意見を求められれば、相手の意に反することでも、敢えて言うことだ。それで信頼関係がより深まる。

 では信頼はどうやって得るのか。私のように凡庸な記者は「人間関係」の構築しか方法を知らなかった。長い記者生活を通して一番気心が知れ、「一蓮托生」と思えたのは𠮷永氏だった。初めて会ったのは、1984年、氏が東京地検次席検事の時だった。「偏屈オヤジ」を絵に描いたような人物に思われ、のちに検事総長になるとは全く想像していなかった。その𠮷永氏が地方に異動した。私の名前すら知らないと思ったが、この機会にロッキード事件で田中角栄元総理を逮捕した検事の顔を拝みに行った。思いがけないほど歓待してくれて、以来月に1、2度訪れては、夕方から鍋をつつきながら、担当した古い事件の新聞記事を見せてもらったり、裏話を聴いたりした。

「それなら自分でやってみろ」

 その後、東京地検検事正になり、リクルート事件を摘発した頃には、会うたびに私は、「検事総長にならなければおかしい」と言うようになった。ところが広島高検検事長に転出が決まり、本人も私も相当落胆した。それでも「棺桶に両足を入れるまではわからない」と励まし続けた。その頃、取材で訪れたエベレストのタンボチェ寺院の近くで仏具のマニ車を見つけた。通訳から「1回回すとお経を読んだことになり、回すたびに願い事をすれば叶うが、1つしか買えない」と言われて𠮷永氏への土産にした。無邪気なところがある人だったので、私の目の前で「総長になる、総長になる」と言いながら回してみせた。もちろんそれは、はるばるエベレストから持ち帰った私へのサービスだと分かっていた。

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source : 文藝春秋 2023年2月号

genre : ニュース 社会