ぞっとするような夏だった──。“証券業界の闇”をひとり暴き続ける
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駆け出しのころは、来る日も来る日も書いていた。取材した記事が翌朝の新聞に掲載されるのが嬉しくて、夢中で書いた。新聞による権力監視と社会正義の追求を心から信じ、1日に十数人に会った。次から次へと大勢に話を聞いて、頭の芯がぼんやりとしてしまう“人酔い”というものがあることを知った。
やがて、自分の記事が人を傷つける場合があることに気づき、周囲を見渡せるようになった。「これは書くな」「あの取材はやめておけ」と告げられるようになった。記事をめぐる上司との口論が増えた。
主任から部次長へと階段を上がると、横やりはさらに増え、少しずつ取材の現場から遠ざかっていった。取材することよりも、現場から出稿されてきた記事を手直しし、取材の指示を与え、管理するのが仕事になった。
提灯記事や社業関連の「社もの」記事を苦もなく書き上げる先輩、若い記者に説教を垂れるのがいかにも楽しい、という上司の姿がはっきりと見えてきた。先輩の多くはやがて「書かざる大記者」とか、「伝説の記者」と呼ばれるようになった。あれだけ書く訓練を重ね、苦労して取材先を広げたのに、権力監視役にはほど遠い、新聞社に居る「かつて記者だった人」になった。
そんな記者の転変や変質を見聞きしてきたので、2021年の9月に、東京新聞の社会部長だった杉谷剛(ごう)が、部下なしの編集委員を命じられたとき、私はすぐに会いに行った。その時点で彼は60歳の定年まで2年を切っていた。彼の異動を左遷と呼ぶ者もいて、一声かけたいと思ったのだ。
杉谷は、今では珍しい突撃型の特ダネ記者で、識者然としたメガネと円満そうな風貌に反して、上司、先輩、取材先とあたり構わず喧嘩してきたので、「ファイター」の異名がある。
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source : 文藝春秋 2023年5月号