国語辞典編纂者の飯間浩明さんが“日本語のフシギ”を解き明かしていくコラムです
国語辞典を作る、という現在の仕事に関心を持ったきっかけは、国語辞典編纂者・見坊豪紀(けんぼうひでとし)の著作を読んだことでした。特に、現代語の実例を集めた『ことばのくずかご』(筑摩書房)の面白さは、すでにあちこちで紹介しました。
しかし、と私は思うのです。国語辞典に関心を持つためには、その素地として、日本語そのものへの関心がなければなりません。その関心を、自分はいつ頃から持つようになったのだろう?
日本語への関心を深めたきっかけはたくさんありました。その中で、読書体験として大きかったと思い返すのは、井上ひさし『私家版 日本語文法』(新潮社 1981年)との出合いです。
80年代前半、中学生だった私にとって、井上ひさしは憧れの作家でした。先の読めない波瀾万丈の物語と、作品のあちこちで展開されることば遊び。なぜこんな面白い話が次々と書けるのか。
ただ一冊、敬遠して読まなかったのが『私家版 日本語文法』でした。文法なんて小難しくて、つまらなそう。でも、書店に並んだ他の井上作品はもう読んでしまったので、試しに読んでみた。
驚きました。面白かったですね。抽象的な机上の文法論などではなく、著者自身がいろいろな媒体から見つけてきた、生き生きした実例を元に、日本語の秘密を探っていくのです。
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source : 文藝春秋 2023年5月号