高校2年生のとき、不良の溜まり場だった喫茶店が警察に摘発され、喫煙していた生徒が補導された。私はその場にいなかったのだが、芋づる式に名前が出て1週間の自宅謹慎処分になった。
あまりに退屈だったので、家にあったロシア文学全集を手に取った。最初の『罪と罰』(新潮文庫)で、いきなりドストエフスキーの異次元世界に放り込まれた。わずかな睡眠時間を除いて、熱にうかされたようにひたすら没頭して、『カラマーゾフの兄弟』(新潮文庫)にいたるすべての長編を読んでしまった。
そのなかでもっとも影響を受けたのが『悪霊』(新潮文庫)で、白日夢のなかで、退廃とニヒリズムの極致であるスタヴローギンと会話するようになった。そして、翻訳でこんなに感動するのなら、原語で読んだらもっとスゴいにちがいないと思って、ロシア文学科のある東京の私立大学を受験した。
大学に入ったのは1977年で、革命の熱気はとうに去り、軟派な若者は『POPEYE』を片手にウエスト・コーストに憧れ、スピリチュアル系は神秘や超越を求めてインドを目指し、新しもの好きの文系の学生はフランスからやってきたポストモダン哲学に夢中になっていた。
いまでは考えられないだろうが、当時、ジャック・デリダ、ドゥルーズ=ガタリ、ミシェル・フーコーといった思想家は、ロックスターのように扱われていた。流行に乗り遅れてはならないと、彼らの難解な思想と、それに輪をかけてわかりにくい翻訳を苦労して読むようになった。
19歳の夏のある日、中央線の電車のなかで雑誌に掲載されたフーコーのインタビューを読んでいた。高円寺を通り過ぎたあたりで、いきなりうしろから叩かれ、思わず振り返ったら誰もいなかった。衝撃は頭のなかからやってきたのだ。
それまで私は、単純に、権力というのは自分の外(警察とか軍隊とか政治とか)にあって、自由を抑圧しているのだと素朴に信じていた。だがフーコーは、そんなのはすべてデタラメだという。
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source : 文藝春秋 2023年5月号