30歳の頃、不思議な出会いがありました。京都のホテルから1人でタクシーに乗った時のこと。ドライバーさんが「この本、見てください」と差し出してきたのが、相田みつをさんの『にんげんだもの』(文化出版局)でした。
開いてくれたページには、「入力不力 りきんだらダメ たるんでもダメ ちからをいれて りきまず それがなかなか むずかしいんだよなあ」という筆書きが。脳裏に焼き付いて帰京してから書店を探し回り、やっと1冊、発売されたばかりのこの本を見つけました。
女優の20代は、自分の柄に合った役を振ってもらえて、評判がよければ次々とお仕事が舞い込む。それが30代になると、幅のある演技を要求され、その期待に応えられなければ仕事は減っていく。
そんな節目にあった私には、「入力不力(にゅうりきふりき)」という言葉が演技の心得のように感じられました。演出家に「普通に歩く」と指示されてもどうしたら良いか悩んでいたのですが、「ちからをいれて りきまず」の状態だと思い至りました。以来、私はいつも舞台袖で「入力不力」と反芻するようになりました。
仕事場で嫌なことがあった時や、人生のまさかの坂に遭った時。この本をめくっていくと、硬くなっていた心が柔らかくなるんです。くるしみにたえるとき「あなたの眼のいろがふかくなり」という一文に、涙を拭いて前を向く力をいただく。一日一日を自分らしく生きられるようにと思える1冊です。
60歳の時、TBS系列のバラエティ番組「プレバト!!」に出演して初めて俳句を作りました。お題である兼題写真には、房総の鉄道と菜の花の風景。そこで詠んだのが「春愉し房総の空ひた走る」という一句でした。
これを俳人の夏井いつき先生が評価してくださって1位になったものだから、句作が楽しくなりました。
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source : 文藝春秋 2023年5月号