私は子供の頃に喘息の持病があり、たびたび学校を休まざるを得ませんでした。家で過ごす間、親の本棚にあった面白そうな本を読んだのが、私と本との出会いです。
『鉄腕アトム』(手塚治虫 講談社)を手に取ったのは、小学校に上がる前のころでした。夢があり、科学への憧れを育んでくれた本です。いま思い返してみると、手塚治虫の先見性に驚かされます。例えばアトムの「善悪を見分けられる電子頭脳」などは、最近よく取り沙汰されるAIの倫理問題を何十年も先取りしている。ロボットを人間に使われる存在ではなく、対等なパートナーとして描いた視点も、非常に新鮮なものであったと思います。
アトムは最初、交通事故死した息子の代わりとして、天馬博士によって作り出されました。しかし博士はアトムの身長を毎日測り続け、息子と違って背が伸びないことに気づき、怒ってアトムをロボットサーカスに売り飛ばしてしまう。子供心に衝撃的でした。テレビアニメでは勧善懲悪的なアクションシーンが多かったように思いますが、漫画版にあった「人間の残酷さ」の描写の方が、私には強く心に残っています。
小学校入学後に数学に興味がわき、親が数学関連の本を買ってきてくれて、2~3年生のころには高校レベルの数学を身につけていました。
『不思議の国のトムキンス』(ジョージ・ガモフ 白揚社)も、そのころ手に取ったと思います。高名な理論物理学者であるガモフが、相対性理論や量子力学の不思議について、一般向けに物語形式で書き下ろしたものです。オリジナルが出版されたのは1940年ですが、現在でも復刻版やコミカライズ版が手に入ります。
主人公のトムキンスは銀行員です。暇な週末に、相対性理論の講義を聞きに行くのですが、難しすぎて眠ってしまいます。ところがその夢は相対性理論の世界で、たとえばトムキンスが自転車に乗って速く走ると、家がぎゅっと縮んで見えることに気づく。また、出張から帰ってくると、老婆の姿になった自分の娘に「おかえり、お父さん」と言われる。これは、相対性理論で導き出されるローレンツ収縮やウラシマ効果といった現象を、子供が読んでもわかる物語にしているのです。
またこの本は、まず主人公が夢で不思議な体験をし、その後に講義の形でこれに対応する数式や理論が示されるという構成になっています。相対性理論による不思議な現象と数式が対応していることは、子供心に大きな驚きでした。
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