指導者たちの決断力

北村 滋 前国家安全保障局長
エンタメ 読書

 愛読書の一つ『指導者とは』(徳岡孝夫訳、文春学藝ライブラリー)には、警視庁本富士警察署長に着任した直後、リーダーシップ論に関心が強かった時期に出会った。著者のリチャード・ニクソン元大統領は、我が国で特に人気の高い米国大統領、ジョン・F・ケネディに敗れた対抗馬として、ウォーターゲート事件の渦中の人物として、その後のオリバー・ストーン監督の『NIXON』におけるアンソニー・ホプキンスの悪役の秀逸さも相まって、ヒール感満載の政治家と見られている。しかし、その政治経歴は、下院議員、上院議員、アイゼンハワー政権で36代米国副大統領に就任するなど長く権力の中枢を歩み続けた。本書は、同氏が、大統領、副大統領などの要職にあった時期に出会ったチャーチル、ド・ゴール、フルシチョフ、周恩来ら戦後世界を動かした指導者の評伝である。実際に会見した時の印象や観察に基づき、指導者たちの決断力や行動を評価している部分は、特に興味深い。

北村滋氏

 回顧録や伝記、ドキュメンタリーなど、決断を下した人物を描いたものを好んで読む。中でも、「悪役」と呼ばれる人物に関する著作は、意外性があり面白い。アンドレイ・グロムイコ氏は、国際連合安全保障理事会のソ連代表や外務大臣時代、国際会議において、西側提出の議案、とくにソ連の不利益となる議案に容赦なく拒否権を行使したり、反対票を投じたりして、「ミスター・ニエット」の異名をとった。『グロムイコ回想録 ソ連外交秘史』(アンドレイ・グロムイコ著 読売新聞社外報部訳 読売新聞社)もまた、彼の実相を窺わせる秀逸な作品である。

 紀元前数世紀に著された『孫子』(金谷治訳注、岩波クラシックス)は、中国の最も古い、また最も優れた兵書である。2000年以上の時を経て、いまだに古びないこの古典の神髄は、「戦わずして勝つ」ということに尽きる。敵を屈服させるにも、城を攻め落とすのではなく、無傷のまま「謀(=インテリジェンス)」によって勝敗を決することを最上の戦い方とし、軍事力の行使はあくまでも最終手段と断じる。

『孫子』13篇の最後は、「故に惟だ明主賢将のみ能く上智を以て間者と為して、必ず大功を成す。これ兵の要にして、三軍の恃(たの)みて動く所なり」という言葉で締めくくられている。聡明な政治指導者やすぐれた軍事指導者のみが、知的に優れた者をインテリジェンスオフィサーに登用し、必ず比類なき大きな業績をおさめることができるのである。インテリジェンスこそ作戦行動の基礎であり、全軍がインテリジェンスに基づいて行動するのであるとしている。

『孫子』がその冒頭及び末尾においてインテリジェンスの重要性を説くことは極めて意義深い。この『孫子』の核心は、今なお、中国人民解放軍の「超限戦」をはじめとする戦略戦術に息づいている。旧日本軍においては、作戦立案において情報が軽視され、それが敗戦に繋がったとの指摘がある。我が国の安全保障を考えるとき、現在の我々に突きつけられた課題もそこにある。

安倍総理に進呈した

剣(つるぎ)の刃(やいば)』(小野繁訳、文春学藝ライブラリー)は、若きシャルル・ド・ゴールが著した先見性ある軍事理論書であるとともに、指揮官すなわちリーダーの在り方、指揮、威厳といった点にも多くを割いている。2007年1月9日の防衛省移行記念式典における内閣総理大臣訓示の中で、安倍総理(当時)はリーダーとしての在り方に擬(なぞら)えて、「難局に立ち向かう精神力の人は自分だけを頼みとする。このように自らの方針にのっとり、自己の責任において事を断行する態度は行動に強烈な刻印を押す。……それは決して、……忠告を踏みにじらんとするものではない。彼には、止むに止まれぬ気概と、断行せずにはおれない心の疼(うず)きがあるのである」という部分を引用した。既に絶版となった葦書房の『剣の刃』は、引用部分を含め赤線だらけではあったが安倍総理に進呈した。

『剣の刃』は、『ド・ゴール大戦回顧録』全6巻(シャルル・ド・ゴール著 村上光彦・山崎庸一郎共訳 みすず書房)、『希望の回想』(シャルル・ド・ゴール著 朝日新聞外報部訳 朝日新聞社)に比べれば遥かにコンパクトではあるが、先の引用部分に限らず政治、軍事にまつわるド・ゴールの哲学、行動論が短い文章の中に凝縮されており、今でも座右において時折、参照する一冊である。

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source : 文藝春秋 2023年5月号

genre : エンタメ 読書