ウクライナ侵略の背景にある世界観こそが停戦の鍵だ
2022年2月の開戦から1年を経たが、ウクライナ侵略戦争は終結のきざしさえ見せず、それどころか、宇露両軍の新編・再編部隊の戦力化を得て、今夏にはよりいっそうの戦闘の激化が予想される形勢である。
そのなかにあって、侵攻開始当初、「特別軍事作戦」の目的は、安全保障とウクライナの「ナチス」を打倒することだとしていたロシアは、そうした主張をさらに進めて、自分たちは防衛戦争を遂行していると呼号(こごう)するに至った。外敵、すなわちアメリカをはじめとするNATO諸国の攻撃を受け、「第三次大祖国戦争」(この言葉の含意〔がんい〕については後述する)を強いられたというのだ。
なんとも荒唐無稽(こうとうむけい)な言説というほかないが、かかる理解はおそらく彼らの集合的・歴史的経験にもとづくもので、それゆえ、ロシア国民に対しては少なからぬ影響をおよぼしていると思われる。
本稿では、まず、このような世界観がどこから生じてきたのかを概観し、しかるのちに、そうしたロシア人の認識にいかに対応すべきかについて、少考を述べることとしたい。ただし、筆者は、現代史と用兵思想を専門としているので、以下の行論はおのずから、地域研究や現状分析ではなく、それらの視座にもとづくものとなることをお断りしておく。
継承されたソ連の公式史観
1991年、ソヴィエト連邦は崩壊した。当時のゴルバチョフ政権に対する保守派のクーデター失敗に前後して、バルト三国、グルジア(現ジョージア)、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンなどが陸続としてソ連邦を離脱、独立を宣言する。
超大国は消え去り、あとに残されたソ連の後継国家、ロシア連邦の国民は、歴史的アイデンティティの問題に苦しむことになった。ある側面からみれば、ソ連の歴史は、圧政と侵略、軍国主義の連続であり、許されざる非道の末に滅びを迎えたとも解釈できるからだ。それゆえ、ロシア国民の過去に根ざした矜持(きょうじ)は大きく揺らいだのである。
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source : 文藝春秋 2023年6月号