平成の国津神

日本再生 第21回

立花 隆 ジャーナリスト
ライフ 社会 歴史

 東京国立博物館で「古事記1300年・出雲大社大遷宮 特別展『出雲―聖地の至宝―』」なる大展覧会をやっていると聞いて行ってみた。一カ月半に及んだ会期が終りそうだったせいか、会場は大変なにぎわい。あまり広くない会場はギュウヅメだった。私は午前中に行ったからすぐ入れたが、見終って外に出たら、入場制限にあった人が長蛇の列。

 みんな何を見にきたのかというと、二〇〇〇年に出雲大社拝殿のまん前から掘り出された「宇豆柱」と呼ばれる巨大な(直径三メートル)柱の根っこの部分。展示室中央のガラスケースの中にドーンと巨岩のごとく三つころがっている。「スゴイ」と思った。

 いまの出雲大社は、高さ二十四メートル(八丈)。これでも十分高いと思うが、昔はこれが四十八メートル(十六丈)あったという伝承がある。かつてその話を信ずる人はほとんどいなかった。それが、この発見で、一挙にそれを信ずる人のほうが多くなった。それは、出雲大社の宮司を長年つとめてきた出雲国造の家にずっと伝承されてきた、鎌倉、室町時代の大社の宮大工への指図書「金輪御造営差図(かなわのごぞうえいさしず)」に描かれているものと、工法(長大な木材を三本まとめて金輪で締め上げる)も寸法もピタリ一致したからである。金輪も出てきた。この図面も展示されている。

 また、会場には、四十八メートル時代の出雲大社がどのような形状だったかを示す十分の一縮尺の復元模型が展示されている。これで、現実に建っていた頃の様子が実によくわかる。高さ四十八メートルの神殿には百メートルに及ぶ長いスロープ状の階段が付けられているが、その寸法は、「金輪御造営差図」にあった書き込み「引橋長一町」からちゃんと算出したものだ。この模型、ゼネコンの大林組の二十年以上も前のプロジェクト「古代出雲大社復元」から生まれた。大林組はありとあらゆる資料を集めたうえで、現代建築学の成果をすべてとり入れた緻密な構造計算を行った。地震、台風などのリスクもちゃんと計算に入れた(絶対安全ではないが、歴史的にきわめてレアなケース以外は大丈夫という)。四十八メートル時代、平安中期から鎌倉初期の二百年間に七度ほど転倒したことがあるという。西村健禰宜は、「出雲大社が雲太の御神殿であった時代(立花注 十世紀頃、日本の高い建物ランキングで、「雲太(うんた)、和二(わに)、京三(きょうさん)」とうたわれていた。「一位出雲大社。二位東大寺大仏殿。三位平安京大極殿」の意)、倒れても倒れても、古人は壮大な御神殿を造営し続け」たが、それは出雲大社が、「よみがえり」を信じ、それを常に最も大切にしてきた教団だからという。なるほど大国主命は、殺されても殺されても生き返る神だった。神話に従えば、兄弟たちの嫉妬を受け「赤猪を受け止めろ」といわれて赤く焼いた大石の下敷きになって焼死したときは、貝殻の粉末を母乳(蛤の汁?)で練ったものを体に塗って蘇生した。広野で火をかけられたときは、ネズミの巣穴に入って助けられた。大国主命の生涯は、絶体絶命のピンチに追い込まれては死の寸前に助かる話の連続だ。

 ここ数年来、出雲では、目をむくような大発見の連続だった。一九八四年には荒神谷遺跡から三百五十八本もの銅剣が一挙に発見されたし、一九九六年には加茂岩倉遺跡から三十九個の銅鐸が一挙に発見された。いずれも日本の古代史を書きかえる大発見といわれた。今回の展覧会では、この銅剣も、銅鐸も同時に大量に展示されている。この三つの大発見の成果が一挙に同一会場で大々的に公開されたのは東京ではこれがはじめて。それで、これだけの人気が出たのだろう。

 私は実は、数年前に、荒神谷も、加茂岩倉も、出雲大社の巨大神殿遺構も、それぞれ別の機会に現地で見て驚いた経験を持つ者だが、それでも今回同一会場で同時に全てを見て、あらためて、日本の古代史はこれで完全に書き換えられたと思った。

 何が書き換わったのかといえば、日本国の成立史である。日本国の成立史において出雲の果した役割である。それは言葉をかえていえば、古事記の世界(出雲神話が三分の一を占めている)を歴史にどう取りこむかという話だ。

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source : 文藝春秋 2013年1月号

genre : ライフ 社会 歴史