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秋元康さんと歴史的和解!?

編集長ニュースレター vol.33

新谷 学 (株)文藝春秋 取締役 文藝春秋総局長
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 いつもご愛読いただき、ありがとうございます。

 私事で恐縮ですが、6月末をもって編集長を退任しました。

 この2年間、読者の皆様の𠮟咤激励のお陰で、全力で駆け抜けることができました。

 今後は、新設された文藝春秋総局の総局長として、本誌にくわえ、「週刊文春」、「文春オンライン」、新書、ノンフィクション書籍など、ニュースにかかわる部門を統括します。

 編集長として最後の一冊、8月特大号からは、2本の連載が始まりました。

 藤原正彦先生の「私の代表的日本人」は、創刊100周年を締めくくる大型企画「現代の知性24人が選ぶ 代表的日本人100人」を契機に生まれたものです。

藤原正彦氏 ©文藝春秋

 当初藤原先生には、内村鑑三の同名の著作にならって代表的日本人を5人お選びいただき、15ページほどの原稿をお願いしておりました。

 ところが、「このテーマなら毎回1人ずつ取り上げて連載で書きたい」と、実にありがたいお申し出があったのです。

 第1回は数学者の関孝和。次回以降は柴五郎、上杉鷹山、河原操子、福沢諭吉といった人物が登場する予定です。

 藤原先生は連載の冒頭にこう書きました。

「日本人らしい日本人、すなわち勇気、正義感、創造性、郷土愛と祖国愛、そして何より惻隠の情などを中心に人物を選んだつもりである」

 もう1本の新連載は秋元康さんの「秋元康ロングインタビュー」です。しかも、これはただのロングインタビューではありません。インタビュアーも秋元康さんなのですから。

秋元康氏 ©文藝春秋

 ここにたどり着くまでには、長い物語があります。

 私が前回、本誌に在籍していた2007年頃、秋元康さんとは、巻頭随筆を書いていただいたり、お食事をご一緒したりする関係でした。ちょうど秋元さんが執筆された小説『象の背中』が映画化された頃で、私はクリエイター、プロデューサーとしての時代を読む目の確かさに敬意を抱いておりました。

 時は流れて2012年4月、私は「週刊文春」編集長になりました。

 間もなくした頃、書籍を担当している出版局の幹部に呼ばれます。

「ひとつ相談がある。ウチの出版局がAKB48の前田敦子さんの東京ドームでの引退公演のオフィシャルブックを受注することができた。これは15万部は見込めるビッグビジネスだ。しばらくの間、AKB48、特に前田敦子さん関係の記事はお手柔らかに頼むよ」

 もちろん同じ会社ですから、迷惑をかけるつもりは毛頭ありません。

「わかりました! よかったですね。ただ決定的なスクープがとれてしまった場合はご理解ください」

 その直後に撮れてしまったのが、いわゆる「深夜のお姫様抱っこ」のグラビアでした。

 出版局では頭を抱えていましたが、オフィシャルブックはなんとか無事に刊行されました。

 芸能界では、オフィシャルブックや写真集、カレンダーなど、様々な「アメ」をメディアに与えることで、都合の悪い記事を書かせないよう「ムチ」を振るうという慣習があります。その代表例がジャニーズ事務所でした。

 オフィシャルブックという巨大なアメ玉を与えたはずが、よりによって前田敦子さんのスクープ記事を書かれたわけですから、秋元康さん周辺で「あの編集長は頭がおかしい」と囁かれていたのも無理のないことです。秋元さんともすっかり疎遠になってしまいました。

 ただ、私自身は前に書いた通り、秋元康さんの才能には敬服しており、とりわけ、欅坂46の「サイレントマジョリティー」や「不協和音」などの歌詞の素晴らしさには痺れるばかりでした。

 いつかは秋元康さんとお仕事がしたい――。

 心からそう願っていたところ、間に入って食事の機会をセットしてくれる人物がいて、久しぶりにお会いしたのが、今年2月です。

「ぜひこれまでの芸能界での歩みを書いてください。秋元さんの目を通して、美空ひばりさん、ビートたけしさん、タモリさん、小泉今日子さん、とんねるずさんといった、スターたちの姿を刻みつけてほしいのです」

 ごあいさつを終えるとすぐに、私は単刀直入にお願いしました。

「確かに僕が文藝春秋と組むのは面白いかもしれませんね。ちょっと考えてみます」

 秋元さんからは大変嬉しい言葉が返ってきました。

「週刊文春」時代の記事へのクレームは一切ありませんでした。

 その後は事務所にお伺いしたり、会食をしたりしながら、ひたすらお願いし続けました。

 数えきれないくらいメールのやりとりをする中、3月中旬の深夜に送られてきた一通に眠気が吹き飛びました。

〈ふと、こんな形も面白いかなと思うアイデアが湧きました。僕のロングインタビューなんですが、インタビュアーも僕がやるのはどうでしょう?〉

 つまり自分に対して、どこまで際どいボールを投げられるか、インタビューの形をとった独白モノです。大御所相手の取材ではつい腰が引けてしまうものですが、インタビュアーが自分なら遠慮なく聞ける。

 さすが秋元さんです!

 連載第1回には秋元さんが秋元さんに、こうたたみ掛ける場面があります。

 ――世間では拝金主義のようにいう人もいるんじゃないですか?
 ――でも、守銭奴でもケチでもないと?
 ――秋元さんの場合、細かな計算の上で行動しているように見えるんじゃないですか?

 秋元 インタビュアーが秋元康本人とはいえ、カチンと来る言い方をしますね。

 8月特大号は他にも、福田康夫元総理、上川陽子元法務大臣、老川祥一読売新聞グループ本社会長らによる座談会「公文書を守れ!」、鈴木おさむさんの小説「SMAPはじまりの日」など、読み応えのある記事が並んでいます。34年間の編集者人生の思いのたけをぎゅうぎゅうに詰め込みました。

 後任の編集長は鈴木康介です。

 引き続きご愛読のほど、よろしくお願いいたします。

 文藝春秋総局長 新谷学

source : 文藝春秋

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