木滑良久さんが遺した言葉

石川 次郎 雑誌編集者
ライフ メディア

 木滑良久(きなめりよしひさ)さんと初めて会ったのは1964年、23歳の冬だった。なんとなく若きケネディを思わせる風貌で“颯爽”という言葉がぴったりの34歳、格好良かった。

 私は全く異なる業界にいたのだが、不思議なことに、この人とは長い付き合いになりそうだと直感し(そして願望し)、実際3年後にはそうなっていた。中途採用された平凡出版(現マガジンハウス)で人気雑誌「平凡パンチ」の編集部に配属された直後、木滑さんが編集長として直接の上司になったのだ。直感は思いのほか早く現実になった。

木滑良久氏 ©文藝春秋

 すぐに提案したのが、イラストレーターを起用したアメリカの若者風俗の取材だ。通信社に頼らずにこれからは自分たちの力で外国取材をするべきだ、という当時としてはかなり生意気な提案だった。新編集長の答えは、「面白いね、やってみよう」のひと言。2月に編集者になったばかりの若者はその9月にはサンフランシスコの街角でヒッピーの取材に没頭していた。木滑さんは決断の人だった。

 オリジナリティに拘る雑誌作りを社是とする組織で我々はいくつかの成功と、同じくらいの数の挫折を繰り返し、気がついた時には2人とも会社を飛び出していた。1973年、やりたいことはまだ沢山あったというのに。

 毎晩、飽きずに雑誌作りの話をしていた。六本木の路地裏の小さなバーがその場所なのだが、ある寒い日の夜、私が自分で着ていたデニムのジャケットのブランド・タグに小さくプリントされていた“Made in USA”という文字を見せながらこういうタイトルでアメリカの若者文化を紹介する雑誌ができるのでは? とその場の思い付きを口にした。途端に、それ面白い! と強く反応した木滑さん、数週間後にはその企画をムックにする仕事を決めてきた。木滑さんは行動の人だった。

 1974年の冬休みだったと思う、2人でハワイを旅する機会があった。どうしても見せたいものがあってオアフ島の東にある断崖絶壁、マカプー岬までドライブした。そこは当時アメリカのスポーツ好きの若者たちの間で急激に流行りはじめたハング・グライダーの名所で、海からの上昇気流を頼りにシンプルな三角帆を背負った若者たちが次々に崖から飛び出して行くのが見物出来る。ひとたび気流に上手く乗った鳥人は、なかなか戻ってこない。1時間以上も気持ちよさそうに空中に漂い旋回しているのだが、木滑さんが面白いことに気がついた。「空からなんか音楽が聞こえるけど、なんだろう?」。答えはすぐに判明、なんと鳥人はグライダーに結構大きなラジカセをくくりつけ空中で好きなロックを大音量で聴いていたのだ。

「アメリカの若者たちが考えることはホントに面白いね」とつぶやいた木滑さん、そして続けて「絶対、新しい雑誌やるからな」と小さく言ったのを私は聞き逃さなかった。この瞬間、2年後に創刊されることになる若い男たちのためのライフスタイルマガジン、「ポパイ」の具体的なイメージが彼の中に生まれたのでは、と思っている。木滑さんは直感の人だった。

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source : 文藝春秋 2023年10月号

genre : ライフ メディア