1973年秋に始まった石油危機から50年が経つ。10月6日に第四次中東戦争が勃発。16日に、OPEC加盟産油国のうち6カ国が原油価格を70%引き上げると発表した。翌17日、アラブ石油輸出国機構(OAPEC)が、原油生産の段階的削減を決定。イスラエル支持国に対する石油禁輸に踏み切った。
油断! 1941年8月の米国の対日石油禁輸以来の油断! 日本はパニックに陥り、11月にはトイレットペーパー騒ぎが起こった。翌年初めまでに原油価格は4倍に跳ね上がった。中曽根康弘通産相は「『坂の上の雲』の時代は終わった」と述べた。戦後の日本の高度成長が終わった。
私は当時、通産省担当の記者をしていた。2つのことを痛感した。
1つは、石油は政治であり、国際政治であるということだった。経済や市場の論理だけで括れない。政治と外交のパワーであり武器にもなる。ここはまた、産油国の政治不安定とシーレーン確保のリスクと背中合わせである。
後で知ったのだが、その年の夏、中近東大使会議が東京で開かれていた。アラブ産油国がイスラエルを支持する西側諸国に対して石油を武器に制裁するかどうか、をめぐっても議論した。その可能性がすでに噂されていた。大方が、日本は「政治的にまったく無関係であるという有利な立場」にあるのだから制裁対象にならないとの見方を示した。日本を中東における「善意の第三者」と思いこんだが故の「甘い期待」だった。(白鳥潤一郎『「経済大国」日本の外交 エネルギー資源外交の形成 1967〜1974年』千倉書房)
もう1つは、世界第二の経済大国というものの、日本の経済の土台は何と脆いのだろう。まるで粘土の足のようではないか、ということだった。日本は重要資源に乏しく、その多くを輸入している。日本ほど経済制裁に弱い国も少ない。経済政策は、完全雇用と物価安定に加えて経済安定、すなわち経済安全保障政策が必要だ、と私は思った。
石油危機の時、日本の石油輸入量は実際は確保できていた。あの危機は空騒ぎだったということも言える。しかし、原油価格は4倍になり、産油国が価格決定権を握ることになった。日本は経済安全保障の構造的赤字国である現実を突きつけられたのである。
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