評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。
本稿が読まれる頃は秋のお彼岸も終わっている。読者諸氏は墓参りをされただろうか。年中の恒例行事としている人の数はだいぶ減った印象だが、墓参りをしていないことに無頓着でいられる人はまだ少数で、多くは多少の後ろめたさを感じているように思う。
そんな思いを私たちに抱かせる墓とは何なのか。鵜飼秀徳『絶滅する「墓」』(NHK出版新書)は、縄文時代の集合墓に始まり、遺体を収める「埋め墓」と魂が入る「詣り墓」を分ける両墓制など過去の墓文化を辿る。そのうえで企業墓の登場や献体と埋葬文化の意外な関わり、日本では近代化とともに失われた土葬の文化を在日ムスリムの埋葬のためにいかに社会的に許容してゆくかなど、現代の墓事情にも触れている。そうだったのかという発見に溢れ、「墓は学びの宝庫だ」という著者の言葉に共感する1冊だ。
井出悦郎『これからの供養のかたち』(祥伝社新書)が注目するのは「時間」の定量的な側面(クロノス)と主観的な側面(カイロス)の二面性である。スマホの通知に次々に割り込まれて時間の均質な流れ(クロノス)が分断され、今や人々はいつも急き立てられている。こうして常時接続、常時イライラ状態の現代人にとって、過去から未来に及ぶ悠久の時間の流れ(カイロス)を意識させる葬儀や法事などの儀礼の価値はむしろ高まっているという考えを著者は紹介する。
長く人間の生き死にを見つめて編まれてきた宗教という「物語」。それに身を委ねることで得られる心の平安を重視する著者の姿勢は、岩田文昭『浄土思想』(中公新書)の内容とも響き合う。そこでは浄土宗、浄土真宗の開祖となった法然、親鸞の生き様が紹介され、阿弥陀仏の住む極楽浄土で悟りを得て仏になる物語=浄土思想を様々に提供してきたからこそ、それらの宗教が多くの信者を獲得してきた事情を考察している。
物語は近代社会でも更新され続ける。浄土三部経の一つである観無量寿経の阿闍世(あじゃせ)の回心のエピソードを踏まえて自身の病気からの回復体験を語った近角常観(ちかずみじょうかん)は、西洋文明と接触する中で浄土思想を再解釈した。同じく阿闍世の物語をマンガという新しいメディアで読者に示した手塚治虫『ブッダ』も本書には登場する。
墓参りに行かずに感じる一種の後ろめたさには、生死を超えた世界に触れる機会を逃している自分を責める気持ちも含まれているのかもしれない。改めて墓とは、葬儀とは、宗教とは何なのか。彼岸すぎのタイミングでその再考に役立ちそうな新書3冊を挙げてみた。
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source : 文藝春秋 2023年11月号