評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。
欧州域外の国なのにいち早くNATOに加盟したかと思えば、ロシアから武器を買う。隣国シリアに対しては欧米諸国が嫌うアサド政権に接近。ウクライナ侵攻では国連総会のロシア非難決議に賛成しつつもロシア産原油の輸入は続ける……。どうにも行動原理が見えにくいトルコだが、建国一世紀を迎えるタイミングで関連の新書の刊行が相次いでいる。これを理解促進の好機とすべきだろう。
内藤正典『トルコ』(岩波新書)はトルコに2つの「表の顔」があると書く。建国の父ケマルが方向づけた政教分離を進める世俗国家としての顔と、古くからのムスリム共同体としての顔だ。ケマル没後に複数政党制が導入されると多くの人がイスラム教信仰に寛容な政党を支持し、政権を委ねた。
その延長線上に登場したのが現大統領エルドアンだが、熱心なムスリムである彼も世俗主義を捨てない。実は世俗的な法治国家であることはトルコ憲法で定められており、憲法のその部分は改正の発議すらできないとされている。同じく国民と国土を不可分の統一体として守ることも不可侵の鉄則であり、クルド人対応などに見られるエルドアンのわかりにくい政策も、この基本的な規定との関係で読み解けることを著者は示す。
今井宏平『トルコ100年の歴史を歩く』(平凡社新書)の特徴は首都アンカラを中心にトルコの歴史を描いた点だ。確かに遺跡が多く、観光地としても名高い商都イスタンブールより、ケマルゆかりの地である首都アンカラの方が、矛盾する2つの「表の顔」の両立を模索してきた軌跡が見え易い事情もあろう。
そこで印象的だったのはアンカラ市内の書店に並ぶ日本の漫画本コーナーの紹介だ。山本直輝『スーフィズムとは何か』(集英社新書)によれば、弱い主人公が師の助けを借りながら精神的完成を目指してゆく日本製サブカルの王道ストーリーに、トルコの若者たちはイスラームの神秘主義哲学であるスーフィズムの修行に通じるものを感じるのだという。
世俗主義と両立させるために信仰の内面化、思想化が求められることは推測に難くない。実際、スーフィズムはエルドアン政権の支持層にも影響を与えているという。ウクライナ侵攻やガザの紛争に対して、解決に向けた貢献もできれば、こじらせることも可能な立ち位置のトルコの存在感はこれからも増してゆくはずだ。もしも同じサブカルを愛しているという奇縁からトルコ理解が進めば、それは日本にしかできない国際貢献にもなるのだろう。
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