評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。
8月ジャーナリズムとは、2度の原爆投下と終戦の記念日が巡り来る8月に戦争関係番組や記事が増えることを示す言葉だ。そんな8月が終わると今度は震災関係の番組や記事が目立つようになる。9月1日が関東大震災の発生日だからだ。特に今年はそれから100年に当たり、関連書が多く出揃った印象がある。
とはいえ1960年に「防災の日」が9月1日と決められた時には、大きな被害が生じた伊勢湾台風の襲来が前年の9月だったこともその制定理由に挙げられていた経緯を忘れるべきではない。
伊勢湾台風では高潮によって名古屋港内の貯木場から大量のラワン材が流れ出して家屋を直撃し、被害者を増やした。谷川彰英『全国水害地名をゆく』(インターナショナル新書)は「七つの洲」「長い島」等に由来するとされる長島町など木曽川・揖斐川・長良川河口の低湿地に位置する土地柄を物語る地名が伊勢湾沿いには多いと指摘する。そうした地名だけでなく、水害と戦う中で育まれた知恵もまた近代化する中で正しく伝承されていたら、ひとたび流出すれば家屋をなぎ倒す危険な貯木方法が選ばれていただろうか。
過去の災害を私たちは忘れやすい。それは防災の日に関東大震災しか連想しなくなっている今にまで続く傾向だ。土田宏成『災害の日本近代史』(中公新書)によれば20世紀初頭には大凶作をもたらした東北地方の冷害や関東地方を襲った水害、桜島噴火など災害が頻発していたという。国内だけでなく世界的にもカリブ海のプレー山大噴火やサンフランシスコの地震があった。災害は発生した当事国はもちろん、たとえば復興義援金を送ることが外交上の手法として確立されるなど国際政治にも影を落としてきた。
日本では連続する災害の延長線上に関東大震災が起きた。その犠牲者の多くが、災害で疲弊した地方農村や併合された朝鮮半島から移住したり、急速な近代化に取り残されたりした貧困層だった。社会の歪みが被害に直結することを一例に畑中章宏『関東大震災』(幻冬舎新書)は、災害を「社会的事件」と考える必要性を説く。確かに関東大震災を「自然現象」としか考えなかったために被害拡大の原因究明が進まず、社会的な歪みが拡大してファシズムの温床となっていった因果の構図は真摯に省みるべきだろう。
もし「9月ジャーナリズム」が成立するのであれば、災害について広い文脈の中で検証する機会を与えるものになって欲しい。今回はその役に立ちそうな3冊の新書を紹介してみた。
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