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「ノーベル賞決定直後」カリコさん取材に成功した大野和基さんの“執念”

編集部日記 vol.25

電子版ORIGINAL

ニュース 国際 サイエンス
カタリン・カリコ氏 ©時事通信社

 10月3日、カタリン・カリコ氏がドリュー・ワイスマン氏とともにノーベル生理学・医学賞を受賞したニュースが飛び込んできました。受賞理由は、mRNAワクチンの開発に大きく寄与したことです。mRNAワクチンが新型コロナウィルス(COVID-19)から多くの命を救ったことを考えれば、当然の受賞と言えるでしょう。

 そのとき、編集部では2024年1月号の特集「私が大切にしている10のこと」の取材を始めていました。各界の第一線で活躍している人物に仕事や生活、人生において「大切にしていること」を10個挙げていただき、それについて語っていただく特集です。編集部では、カリコ氏のノーベル賞受賞の報せを受け、ぜひこの特集に出ていただきたいと思いました。

 ハンガリー出身のカリコ氏は、様々な逆境を乗り越えてノーベル賞受賞に至った苦労人です。読者の人生の指針になるような「大切にしていること」を語ってくれるのではないか。そう考えたのです。

 とはいえ、ノーベル賞の受賞決定直後で取材が殺到しているに違いありません。しかも、受賞者は国内ではなく、海の向こうにいます。取材が出来たとしても短いインタビュー時間しかもらえない可能性もありますから、通訳なしでインタビューができる語学力を持つジャーナリストに取材をお願いした方がいい。そう考えて、思いついたのが、コロナ禍のさなかに、カタリン・カリコ氏をはじめ、『サピエンス全史』を書いたユヴァル・ノア・ハラリ氏など、欧米の名だたる知識人にインタビューをして、『コロナ後の未来』(文春新書)を書いた大野和基さんでした。早速、連絡を取ってお願いすると、「何とかやってみます」との心強いお返事をいただきました。

 それからおよそ1カ月後、大野さんからカリコ氏の「私が大切にしている10のこと」の原稿が届きました。ノーベル賞受賞直後だけに大野さんの取材力をもってしても今回は難しいかもしれない、と思っていたので、飛び上がって喜びました。その内容は小誌1月号をご覧いただくとして、ここでは大野さんがいかにしてカリコ氏への取材を成功させたのかをお伝えしたいと思います。

 大野さんによれば、2021年にインタビューをしていたことが、非常に大きかったそうです。

 その当時は、連絡先がわからなかったので、大野さんはまずリンクトイン(LinkedIn)経由でカリコ氏にメールを送ったところ、1分もしないうちに「今、時間ある?」という返信が来ました。質問をまだ考えていなかったそうですが、大野さんはコーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学で基礎医学を学んでいますから、基礎知識は万全です。急遽ズームでのインタビューを敢行することにしました。ズームに映し出されたのは、狭い部屋にいるカリコ氏。聞けば、そこは屋根裏部屋。出産後の娘をサポートするため、ニューヨークにほど近いニューアーク空港から1時間半の自宅を離れて、アメリカ西海岸にあるサンディエゴの娘の家に来ていたのです(ちなみにカリコ氏の娘、スーザンさんは、五輪のボート競技で2回も金メダルを獲っています)。

「そこから45分はしゃべりっぱなしでした」

 ハンガリー訛りの強い英語で、これまでの研究生活の苦労と喜びをたっぷりと語ってくれました。

ズーム越しに大野和基さん(右)のインタビューに答えるカタリン・カリコ氏(大野氏提供)

 カリコ氏はメディア嫌いではなく、話すのが好き。インタビューからそんな印象を得たので、大野さんには「ニューアークの自宅か電話でつかまえることができれば、インタビューに応じてくれるはずだ」という勝算があったそうです。

 大野さんは、インタビューした相手からは、必ず携帯電話の番号、自宅の電話番号と住所を聞いておくようにしています。

 まずは、カリコ氏のメールアドレスにインタビューの依頼をしますが、返信はありません。

 携帯や自宅の電話にかけても出ない。

 どこにいるのかを探るために大野さんは、こまめに更新されているカリコ氏のツイッターを見たところ、カリコ氏はノーベル賞受賞を受けて、母国ハンガリーで卒業したセゲド大学に招かれていることがわかりました。

「受賞発表直後に日本テレビの直撃取材を受けていましたから、こうなったら自宅に戻ったことが確認でき次第、日本から飛行機に飛び乗ってアメリカに行くしかない、と思っていた矢先に携帯がつながったんです。娘の家の屋根裏部屋から答えたせいか、私とのインタビューをよく覚えてくれていて、快く今回のインタビューにも応じてくれました。初めてだったら無理だったでしょう」

 と大野さんは語ってくれました。

 大野さんの情報収集力、取材力、語学力が見事に発揮されて掲載に至ったカリコ氏の「私が大切にしている10のこと」をぜひお読みください。

(編集部・波多野文平)

source : 文藝春秋 電子版オリジナル

genre : ニュース 国際 サイエンス