顕微鏡は望遠鏡に通ず
著者は推理小説も書く歴史学者。1948年のロンドン生まれ。ユダヤ人の家系だ。父の名はアブラハム。流れ流れてロンドンに来た。父は息子に昔を語りたがらなかった。先祖の物語は濃い霧の向こう。だから著者は歴史家になったのか。近現代のユダヤ人史が専門。そしてついに父祖のことを調べ上げた。
著者の父は1921年、フランクフルトの生まれだ。すると父の父は? やはり流れ流れてドイツに来た。1898年、クラコーヴィエツの生まれである。いったいどこ? 歴史の小噺がある。「オーストリアで生まれ、ポーランドにもソ連にも住みました」。「ずいぶんあちこち行かれたんですね」。「いやいや、一度も引っ越していません」。クラコーヴィエツはまさにそのエリアにある。ガリツィアというところだ。その中心都市は、今日、ウクライナ語でリヴィウと呼ばれる。同じ町がポーランド語だとルヴフ、ロシア語ではリヴォフ、ドイツ語ならレムベルク。支配者がめまぐるしく交替し、呼び名も変わってきた。そのリヴィウとポーランドのクラクフのほぼ中間に位置するクラコーヴィエツとはポーランド語風の表記。リヴィウ同様、他にも幾つも違った呼び名がある。
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source : 文藝春秋 2024年7月号