サイエンスライターの佐藤健太郎氏が世の中に存在する様々な「数字」のヒミツを分析します
この夏も猛暑が続き、熱中症にかかる人が続発した。その対策グッズのひとつに、携帯用冷却パックというものがある。パック内には、叩くと破れる水袋と、硝酸アンモニウム(硝安)という物質が入っている。硝安は、水に溶けると温度が下がる性質があり、数十分間周囲を冷やしてくれる。夏場には便利な製品だ。
この硝安には、他にも様々な用途がある。というのは、硝安はその重量の約35パーセントが窒素であり、水にも溶けやすいから、窒素肥料として広く普及しているのだ。
もう一つ重要なのが、爆薬としての用途だ。硝安は、物質の燃焼を助ける酸素を高密度に含んでいるため、条件次第で爆発を起こす。ニトログリセリンやTNTなどに比べてずっと安価なので、工業用の爆薬として重要だ。
このため硝安は昔から大量生産され、広く用いられてきた。しかし管理のミスなどによって爆発事故が何度も起きており、多くの人命を奪っている。1921年には、ドイツのオッパウで約4500トンの硝安・硫安混合物が爆発し、死亡者約500人、負傷者約2000人という大惨事を引き起こした。その原因は、固化した硝安をダイナマイトで破砕したことであったという。聞いただけで恐ろしい作業だが、それまで3万回以上同様の工程が行われ、全く問題は起きていなかった。ちょっとした条件の差で、突然に巨大災害が起きるのが爆薬の怖さだ。
1947年には米国テキサスで、硝安約2300トンを積んだ船で火災が起き、爆発を引き起こした。これが引き金となって付近の工場が次々に炎上し、581人が落命している。60キロ離れたヒューストンで窓が割れたというから、硝安爆発の威力は恐ろしい。
まだ記憶に新しい、2020年にレバノンの首都ベイルートで起きた大爆発も硝安によるものだ。倉庫に保管されていた硝安2750トンに、近くで起きた火災の火が燃え移ったことで大爆発が発生。約200人が死亡、30万人以上が住居を失うほどの災害となった。跡地には、幅124メートル、深さ43メートルのクレーターが形成されたという。
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