新たな火種を抱えた日中関係に臨むリーダーの資質を問う
日中関係を揺るがしかねない事態が生じている。言うまでもなく、中国南部の広東省深圳市で起こった日本人男児殺害事件をめぐる両国の軋みのことである。事件そのものの許しがたい痛ましさは無論のことだが、日中両政府の対応、日中両国民の受け止め方によって状況が深刻化する可能性もある。私の見るところ、国内の右派からは対中国強硬姿勢を煽る発言が目立ち、左派は反中国潮流の激化を警戒しつつも、現実に踏み込んだ思索があまり見られないという印象がある。いま私たちは「真正保守」の立場から、歴史的な地下水脈を辿り、現代の悲劇と正面から向き合う必要があるだろう。
まず、事実を押さえておこう。中国外務省によると、殺害されたのは日本人の父と中国人の母を持つ日本国籍の男児である。『週刊文春』2024年10月3日号によると、日系貿易会社の深圳オフィスに勤務する男児の父は、常日頃から「日中の架け橋になりたい」と言っていたという。日中ダブルの男児はその夢を象徴する存在であったとも思え、やりきれなさが募る。
9月18日、男児は、母親に付き添われて深圳日本人学校に登校する途中、刃物を持った44歳の中国人の男に刺され、翌日、死亡した。男は拘束されたが、事件の詳細、動機、背景などは明らかにされていない。やはり『文春』報道によると、男は9年前に2つの会社を設立したが、近年は業績が悪化して借金苦のなかにいたらしく、経済的な閉塞感も事件のファクターとして語られているようである。
今年6月に中国東部の江蘇省蘇州市で日本人学校の送迎バスを待つ日本人母子が中国人の男に切りつけられ、制止しようとしたバス案内係の中国人女性が死亡した事件は記憶に生々しいが、中国当局は蘇州と深圳の事件を「個別的な事案」と表現し、何らかの社会的な背景や関連性があることを認めていない。2つの事件について、日本政府は中国側に詳しい事情の説明を求めているが、納得のいく回答はまだないという。
柳条湖事件との関連性は?
今回の男児殺害事件が9月18日に起こったことから、満州事変の発火点となった柳条湖事件との関連を指摘する声もある。93年前の1931(昭和6)年のこの日、中国東北部の奉天(現・瀋陽)郊外の柳条湖で南満州鉄道の線路の一部が爆破された。関東軍による謀略事件であったが、これを機に関東軍は満州に戦火を拡げて制圧地域を拡大していく。中国への軍事的侵略のきっかけであり、やがて日本は日中戦争、太平洋戦争へと進んでいった。柳条湖事件が起こった9月18日や、日中戦争の直接の起点となる盧溝橋事件が起こった7月7日(1937年)は、中国では反日感情が高まりやすいと言われている。事件はそういった反日的な空気に後押しされたのではないかとの見方である。
まだ断定的なことは言えないが、これは無理からぬ分析であると思う。さらに昨今のようなネットの時代においては、中国国内のSNS上で反日感情を強調するような投稿が見受けられることも確認しておかなければならないだろう。もちろん大半は犯行を非難し、犠牲者を悼む声であろうが、一部において、ということである。蘇州の事件後にも、今回の事件後にも、容疑者を英雄視するような投稿があったというし、「日本人学校はスパイ養成機関」といった投稿や動画があったという報道も目にした。これらに対しては、中国政府も規制に乗り出したという。
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source : 文藝春秋 2024年11月号