国語辞典編纂者の飯間浩明さんが“日本語のフシギ”を解き明かしていくコラムです
こんなところでも厳しい批判が起こっているのか、と驚きました。関西弁の「ほんま」は「本真」と表記するのが正しく、「本間」は間違いだ、とする主張をよく目にするというのです。
新聞記者の方からそう聞いたのを機に調べてみると、たしかに、ネット上では「本間」の表記への風当たりがかなり強いようです。感情的反発もあれば、「本間」を書く人への人格攻撃まであります。さすがに行き過ぎです。
私は記者の取材に対し、まずは一言で答えました。「どっちでもええやん。そこは怒るとこちゃうやん」
私たちは学校で「正しい」漢字表記を学びます。漢字が違うと意味が通じないので、「移動」と「異動」、「対象」と「対称」を区別する努力は必要だと、私も思います。ただ、私たちの書く漢字のすべてにわたって「正しい表記」が決まっているわけではありません。
「正しい表記」の基準が及ばない分野の代表が俗語や方言です。たとえば最近、「お疲れ」を「おつ」と略し、「乙」とも書きますが、これは「間違い」でしょうか。いや、そもそも俗語なので、好きに書けばいいのです。辞書でも「乙」を示すものがありますが、よく見かける字を載せているにすぎません。
歴史をさかのぼると、関西弁の「ほんま」は「本真」が語源だと、一応は考えてよさそうです。とはいえ、「本間」の表記も昔からあります。『日本国語大辞典』第2版には『元禄大平記』(1702年)の〈本間(ほんま)の心中をたて〉という例が載っています。ちなみに「本真」の例も『道二翁道話(どうにおうどうわ)』(1795年)にあります。まあ、どちらも18世紀からあったというのが事実です。
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