経産省に書店支援のプロジェクトチームが設置されたのは2024年3月。私は出先機関の中国経済産業局で、それに4年ほど先駆けて書店の支援に取り組んできた。きっかけは、地元広島市のメインストリート、本通商店街から書店が消えてしまったこと。奇しくも「本」を冠する通りで、数年のうちに4、5軒あった書店全てが閉店したことに大きな衝撃を受けた。
母が図書館の司書をしていた私は、自然と本を愛するよう育てられた。それが僥倖だと気づいたのは、不景気で父が経営していた町工場が倒産した工業高等専門学校3年生の時だった。一家は全ての財産を失い、後に心を病んだ末弟も亡くす悲劇に見舞われた。
そこから立ち直り、経済に関わる仕事をしたいと思った私の力になってくれたのは、街の書店と本だった。大学や公務員講座に通えば何十万円、何百万円とお金がかかる。それが書店では、アルバイトでまかなえる額で同じ知識が手に入った。私が高専卒から経産省に入り、畑違いの分野で身を立てることができたのはそのお陰。同じように書店を必要とする人は、きっといる。そんな想いが私を書店の支援に向かわせた。
私は2012年頃から、自分の読んだ本の満足度を数値化し記録している。現在988冊になるその記録では、書店で手に取って選んだ本の方が、図書館やネット通販を利用して読んだ本より満足度の平均値が有意に高い。私はそれを、市場競争の恩恵だと解釈している。ネットや図書館にはすでに有用性を失った本も多く並ぶ。一方、書店の棚は有限であり常に競争にさらされる。そこでは出版社、取次、書店の方々が日々工夫を凝らしていて、その努力の積み重ねがよりよい読書体験を届けてくれている。そんな考えも、書店をなくしてはいけないと思い立った理由だった。
出版業界の窮状は耳にしていたが、いざ数字を見るとその深刻さは予想を超えていた。低い利益率が常態化し、販売冊数も右肩下がり。何から支援すればよいのか分からず、まずは業界内外の人を集めた会議体を立ち上げるところから始めた。2020年11月に開催した第1回で流れた「門外漢が何をしてるんだ?」という空気には、冷や汗が背中を伝ったことを覚えている。それでも会議を進めていくと人間関係もでき、徐々に活発な議論が行われるようになっていった。
当時はコロナ禍で大切な人にも自由に会えなかった頃。参加者から「素敵な読書時間を贈り合ってもらうような企画がしたい」との声が上がった。そこで地元企業の協力を得て、インクやパルプの成分を使ったアロマ等、読書中に使ってもらうことを意図した書店用のギフト商品シリーズを開発した。原料費高騰の影が迫っていた2023年には、ブックカバーの有料化に取り組んだ。無料配布していたものを有料化するのみならず、エコ素材とデザインにこだわった紙カバーを50円で提供する社会実験にも挑戦した。
いずれも小さな一歩かもしれないが、業界外の参加者に関わってもらったからこそできた企画だったと思う。本に関わる業界は長い歴史を持つ。だが、曲がり角に立つ今だからこそ、他業種の知見やベンチャーなど、新しい血が必要とされているのではないだろうか。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
今だけ年額プラン50%OFF!
月額プラン
初回登録は初月300円・1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
オススメ! 期間限定
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
450円/月
定価10,800円のところ、
2025/1/6㊊正午まで初年度5,400円
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2025年1月号