サイエンスライターの佐藤健太郎氏が世の中に存在する様々な「数字」のヒミツを分析します
2024年のノーベル賞は、人工知能(AI)関連の研究が化学賞と物理学賞の2部門に与えられた。近年の科学に対するAIの貢献を考えれば、妥当な授賞であっただろう。
AIはすでに我々の日常にも欠かせないものになっているが、依存するあまり、人間の思考力や判断力を低下させるという懸念もなされている。確かに筆者もAI翻訳に頼り過ぎて、英語の読み取り能力が落ちた気はする。
しかしAIは、活用の仕方次第で人間の能力を向上させうるという研究も発表されている。香港城市大学などのグループは、AIがいかに囲碁棋士の判断力に影響を与えたか、分析を試みた。囲碁が採り上げられたのは、AIが強く影響を与えた分野であること、古くから記録が残っており、長期分析がしやすいことなどが理由だ。
研究チームは、1950年から現代までに打たれた約580万手の着手を分析し、人間よりはるかに強いAIの手と比較することで、各時代の棋士の実力を判定した。すると、棋士たちのレベルは長らくほぼ横ばいであったが、囲碁AIが普及した2017年以降に、急激に上昇していることがわかった。王や長嶋とイチロー・大谷はどちらが上か、双葉山と大鵬と白鵬では誰が一番強いかといったことはファンの間でよく議論になるが、囲碁界においては明白に現代の棋士が勝るとデータで示された格好だ。
では棋士たちが強くなった要因は何なのか。AIは数々の新手法を開発し、人間の棋士もそれを取り入れているが、単にAIを真似たから強くなったわけではない。囲碁は盤面が広いので、数十手も進むとAIの打ち方が直接参考にならない未知の局面に入る。しかしそうした場面でも、現代の棋士は昔の棋士より優れた手を打っているという。ただAIの手法を丸暗記しただけでは、こうはならないというのが研究チームの主張だ。表面的な模倣ではなく、AIの考え方を棋士たちが咀嚼吸収し、一つ上の段階に進んだと見るべきだろう。
AIはこれからも我々に正負両面の影響を与え続けるだろうが、人間の能力を拡大しうるというのは一つの希望だ。とはいえAIの出現以降、囲碁界は情報戦の要素が増し、研究量がものをいうようになっている。AIは優れたツールではあるが、誰でも簡単に強くなれる魔法の杖ではないことも、また事実のようだ。
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