阪東妻三郎 休日に帰った息子の風呂を黙々と沸かす

田村 高廣 俳優
エンタメ 芸能 テレビ・ラジオ 映画

阪東妻三郎(ばんどうつまさぶろう)(1901―1953)は東京神田生まれ。歌舞伎の十一世片岡仁左衛門に弟子入りするが、映画に転じる。デビュー以来、常にスターの座を守り続け、「バンツマ」の愛称で親しまれた。『雄呂血』『無法松の一生』『王将』『破れ太鼓』など約200本の映画に出演。田村高廣(たむらたかひろ)氏(1928―2006)は長男。三男の正和(まさかず)氏(1943―2021)、四男の亮(りょう)氏(1946―)も俳優。

 親父、阪東妻三郎は、かつて“剣劇王”阪妻と呼ばれ、一世を風靡したチャンバラ映画の大スターでした。

 親父はサイレントからトーキーへと移り変わる過渡期を見事に生き抜きましたが、ある時期から“剣劇王”と呼ばれることに抵抗を覚え始めていたようです。非核三原則ではありませんが、刀を「持たない、抜かない、振り回さない」と、そんな気持ちになっていたような気がします。

阪東妻三郎

 母が、親父の役作りについて、ポロッともらしたことがあります。

 稲垣浩監督の『無法松の一生』は親父の畢生(ひっせい)の代表作となりましたが、母の話では、親父は主人公の車夫、富島松五郎の役作りに異常な執念を燃やしています。親父は撮影所から戻ると、玄関ではなく台所から家に上がりこみ、胡坐(あぐら)をかいて茶碗酒をあおり、車夫の扮装のままイワシを頭からかじっていたといいます。

 親父は『無法松の一生』で“剣劇王”から脱皮しました。ついで、木下恵介監督は『破れ太鼓』の津田軍平役で阪妻から刀を取りあげ、初めて背広を着せました。津田軍平の役は好評でした。

 ところが親父は、さてこれからだと思った矢先の1953(昭和28)年7月7日、未完の『あばれ獅子』の撮影中に亡くなりました。51歳でした。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

18,000円一括払い・1年更新

1,500円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 1989年9月号

genre : エンタメ 芸能 テレビ・ラジオ 映画