2019年、ダークホースだったミルクボーイが圧倒的な強さで優勝したこの年のM-1はこんな言葉で総括された。「誰も傷つけない笑い」。最終決戦に残ったぺこぱの「否定しないツッコミ」を象徴として、「誰も傷つけない笑い」は一躍お笑いのトレンドとしてもてはやされる。
中年の星・錦鯉が貫いた「誰も置いていかない笑い」
あの年「誰も傷つけない笑い」なんてものがこの世にあるのだろうかと考えた。お笑いでも音楽でも文章でも、何かを表現する人は常にそれが見知らぬ誰かを傷つけるかもしれないという十字架を背負う。どんなに気をつけてもたぶん誰かを傷つけている。私とあなたが違う限り、表現は誰かを傷つける。
2021年のM-1グランプリ。最終ラウンドに残ったのはインディアンスと錦鯉とオズワルド。決勝常連組が準決勝で敗退し、まるで「お笑いライブに週4で通う人が高熱の時に見る夢のような(ロングコートダディ堂前)」メンバーが残った今年のM-1で、審査員が「一番面白い」と評価したのは中年の星・錦鯉だった。
彼らが貫いたのは、誰かを傷つけるかもしれないが、でも「誰のことも置いていかない」笑いだったように思う。オズワルドの『友だち』のネタと錦鯉の『猿を捕まえたい』のネタはその「誰も置いていかない」要素がずば抜けていた。オズワルドはそれを1本目に持ってきて、錦鯉は2本目に持ってきた。
M-1ファーストを公言してきたオズワルド伊藤
オズワルドと錦鯉。2組のM-1への取り組み方は非常に対照的だった。
「最初はM-1に出ないと売れないし、世の中に出れないと思ってたんですよ。僕とか畠中のタイプ的に特段テレビで愛されるキャラクターではないですし。『おもしろ荘』みたいな番組から跳ねて売れるっていうのが想像付かなすぎて。M-1が本当に唯一の世の中に出る方法だなっと思ったんですよね」(『芸人雑誌』vol.5、太田出版)
準々決勝が行われる少し前の11月某日、私はオズワルドの伊藤をインタビューした。有力コンビの中でもとりわけM-1優勝を公言し続けていた伊藤は淡々とM-1への思いを話す。
かつてのオズワルドはとにかくM-1ファーストで、漫才のノイズになりそうなものはたとえそれが自分たちの素であったとしても極力排除してきたという。しかし「このままじゃ勝てないって思いました。嘘をついてたじゃないですけど、もっと普段の自分たちに近いやり方がありそうだなって思って」 。