昔から度々あることだが、最近とくに、街中で少額の金銭を要求される場面が増えた。いわゆる寸借詐欺というやつだと思う。横浜駅の構内を歩いていたとき「すみません」とちいさな声で私を呼び止めたのは、青白い肌に明るい瞳の少年だった。「家に帰る電車賃がなくて」と、たどたどしく訴える彼に、私は自分の財布の中身を見せながら「今お金持ってないんだ、ごめんね」と告げてその場を離れた。
家に帰る程度のお金がないなんて、よっぽどのことがなければありえない話だ。そんなの嘘に決まっている。そもそも、こんなにたくさんの人の中で突然声をかけられて立ち止まるお人よしも私くらいのものだろう。あんなのは無視すればいいのだと頭では理解していながら、ホームに向かうまでのエスカレーターを下る途中、さっきの少年のことをぐるぐると考えていた。ほんの数十秒前に私に電車賃をもらえなかった彼は、今この時もまた誰かに目星をつけて声をかけているのだろう。たいがい人々は彼に一瞥もくれず通り過ぎて、彼はまた誰かに声をかける。きっと一日中、彼はあの場所で幽霊のようにそうし続けている。
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source : 文藝春秋 2025年9月号

