AIが逆照射する言語の本質
パソコンを開くと、ついつい「AIアシスタント」に様々な事を訊いてしまう。自分の知りたい情報を得るのでお世話になる。反対に、生成AIがどのくらいの知識を蓄えているかをチェックするために、意地悪な質問を試みることもある。どちらであっても、迅速かつ従順に答えてくれる。自信過剰の気味はあるが、ウイ奴じゃないか。
そんな生成AI初心者の文系人間にとっても大変有難い本が出た。『言語学者、生成AIを危ぶむ――子どもにとって毒か薬か』は、ただいま子育て中の言語学者夫妻の対話から生まれた。「生成AI時代」をどこまで受け容れるかを考察し、示唆に富む。

著者の川原繁人の名前は、日本語ラップについて発言する人として記憶していた。本職は慶應大学言語文化研究所の教授で、音韻論が専門らしい。言語習得過程にある幼児に開発されたばかりの「おしゃべりアプリ」を与えていいのか。これは「臨床試験なしの新薬」を子供に与えるという危険を冒しているのと同じではないかと著者は警鐘を鳴らす。
この説得力のある議論を通じて、言語とは何か、が確認される。人間の言語と生成AIが生みだす文章(「言語らしきもの」)は、全然別物であることが明らかにされる。「生成AIと人間言語では、習得するために使うデータの質が決定的に違う」。生成AIは「書き言葉(≒インターネット上のテキストデータ)」を学習するのがメインで、いわば自室に立てこもって、ひたすら参考書を全文暗記するガリ勉クンなのだ。その割にはひねくれていない。素直な優等生だ。
この優等生のどこが問題か。「そもそも生成AIは身体を持っていないので、感情や欲求もないのです」。集積された統計的な情報に従っているだけで、コミュニケーションをしているわけではない。
著者は言語学者として、「言語の本質は文字ではない」ことを強調する。文字によって捨象されてしまうものの多さ。声の高さ、声色、話すスピード、間の取り方、発音のしっかりさ加減等々。音声が持つ豊かな情報のほんの一部しか文字は伝えられない。
AIと共存していく社会をいかに構築するか。そのためのヒントが本書ではやさしく説かれている。巻末に載る「大人が生成AIを使う際に気をつけてほしいこと」には5ヶ条が列挙されている。「まちがったことも、まるで本当のように話します」等はわかるにしても、「動かすには、想像以上の電力が必要です」とまでは、哀しいかな想像力が働かなかった。
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