10年全121回から精選――磯田道史が選んだ珠玉の3篇
物事が紛糾した場合、
「すべてお家のため」
ということで、個をおさえこみ、全体を生かすとする思想が濃厚になるのは江戸時代からで、忠順(まじめで従順)であることが日本における最良の生き方とされた。
江戸時代にあっては、主家に対してそうであっただけでなく、世々お禄(ろく)を頂いている自分の家に対しても同様であった。
たとえば百石取りの家はそのお禄のおかげで、過去何代もの男女が衣食してきたし、将来もまた多くの子孫が養われてゆく。このためもし百石取りの家の若い当主が不出来で不埒(ふらち)なことをすれば、その母親を含めて一族の長老があつまって当主を押しこめにしたり、ときには切腹させ、上(かみ)の罰の家におよぶのを避けた。

江戸時代は、思想史や芸術史の上でじつにおもしろい時代だったが、なにぶん、政治・法制の原理がひたすらな秩序維持であったため、どんな小侍の家の家系をみても、何代かに一件ぐらいは、押しこめ、自発的な切腹といったような一族合議の処置に遭(あ)った人が出た。個性のつよい人は、生きにくかったのである。
その点、戦国の世は乱世だったとはいえ、風とおしのいい雇傭(こよう)関係ばなしが多い。
加藤嘉明(よしあきら)は豊臣秀吉の子飼いの大名で、累進して伊予松前(まさき)の六万石の城主になった。嘉明は江戸時代を先取りしたような考え方のひとで、家臣に対しては、律義(りちぎ)で小心であることを要求した。つねづね、
「豪傑は要らない。合戦において真に役に立つのは、よく持場をまもる小心な人間だ」
という意味のことをいっていた。
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