グーグルによると、二〇一五年の検索キーワードランキング第一位は「イスラム国」だったという。思い返せば後藤健二さん、湯川遥菜さんがイスラム国に処刑されたのは年明け早々だった。フランスの風刺週刊紙シャルリ・エブドが、イスラム過激派に襲われてスタッフが漫画家とともに殺されたのも一月だった。イスラム国にまつわるテロ事件は、一年を通して次から次に起きた。十一月にはパリで一挙に五カ所以上が襲われ、約百三十人が殺されるという凄惨な事件も起きた。十二月にはニューズウィーク誌が、「テロの時代」を特集した特別号を三冊も出している。検索一位になったのも当然だ。だが日本のメディア報道をふり返ってみると、わからないことが多すぎる。
だいたいイスラム国とはそもそも何なのかがわからない。国を名乗っているが、それは国家なのか。領土、国民、政治制度、経済制度、法制度、軍事制度など国家たる組織なら当然に持つ基本要件はどうなっているのか。肝心のポイントが分からない。
その一方で、イスラム国は国家以上の存在と化して、アメリカ、フランス、ロシア、トルコなどの大国に、戦争行為やテロ行為を大々的にしかけるし、それなりの損害を与えている。正規軍が正面に出て大会戦を行うという正規軍戦争は行わないが、ゲリラ戦的戦争(集団テロも含めて)は活発に行い成果も上げている。
だが彼らの戦争目的は何なのか。一昨年からイスラム国はカリフ国を自称している(政治的権威と宗教的権威を合わせ持つ指導者、バグダーディが現在のカリフ。カリフはムハンマドの権威を受け継ぐものとされる)。その勢力拡大と権威拡大を目指すのが彼らの戦争目的だ。一言でいえば、彼らは千年以上昔のイスラム帝国の栄光時代を取り戻そうとしている。
ここ数日、イスラム国に関する情報を新聞雑誌、ネット情報、単行本を問わず読みあさった。イスラム国問題を理解しようと思ったら、現在進行形のホットな情報を追う視点と、その背景に横たわる、中東の歴史と文化と思想と宗教的情念の世界をあわせて理解する必要がある。日本の場合、イスラム国問題を論ずる識者はある程度いるが、そのような二つの視点をあわせ持つ人はほとんどいない。
一般向けのイスラム国情報で情報量が多くておすすめなのは、ニューズウィーク(日本版)だろうと思う。一読して、日本の新聞雑誌と情報量において圧倒的な差がついていることがわかる。比較すると日本のメディアの情報劣化はここまできているかと驚く。日本には基本的に日本人イスラム教徒がほとんどいないためもある。イスラム的常識が日本人にはほとんど通用しない。
最近日本でイスラム文化情報を積極的に発信している人に、中田考氏(元同志社大学客員教授)がいる。この人は、中東に出国しようとした北大の学生にイスラム国のコンタクト先を教えたとして公安の取り調べを受けたことがマスコミに大きく報道された。その容貌が魁偉だったことから「怪しい人」と見られがちだが、この人は実は立派なイスラム学者。東大がはじめて作ったイスラム学科の第一期卒業生である(東大のイスラム学科でもイスラム教に入信した人は中田氏ただ一人)。カイロ大学大学院博士課程を出て、『日亜対訳クルアーン』を出すほどの本格派である。この人にはイスラム国情報を含む一般向けの書物もあるが、あまり大衆的ではない。
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source : 文藝春秋 2016年2月号