『ひとっこひとり』は12編の短編小説集。「大丈夫」「ごめん」「覚えてる?」など、物語中の言葉がそのまま1話ごとのタイトルになっています。
ワンオペ育児、未婚中年、独居老人等々、登場人物たちが抱える孤独の背景にあるのは、私たちに馴染みのあるものばかり。瑞々しく柔らかい文章で綴られていきます。ただ、安心して読み進んでいくと急に室温が5度くらい下がるような不穏な状況になったり、逆に一気に気持ちが高揚させられたり、涙腺が緩んだりと、心揺すぶられるポイントがふいにやってくる。短くとも奥行き深い物語なのです。
例えば「生きてる」は、亡き父の詩集のファンだという人物から、ぜひ話がしたいと請われ出かけて行く女性の話。待っていたのは自分に娘がいたらこのくらいかなと思うような大学生。初めのうち微笑ましく話をしているのだけど、そのうち彼女が奇妙なことを言い出す。〈私とあなたも、どこか似ているように、思いませんか?〉。似た顔立ち? ひやりとさせられる。初対面の2人の距離の縮まり方に息も忘れそうなくらいに没入してしまいました。
2019年毎日出版文化賞特別賞受賞の『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の続編、完結編となる『2』。英国、そして世界の今を、著者とその配偶者、10代の息子の視点で見つめる本です。
1冊目で私は「エンパシー」という言葉に出合いました。小さな息子さんが、学校や親の地域活動などを通して、多様な考え方、生き方に触れ、学びを深めていくさまが綴られますが、読んでいてはっとさせられる瞬間の多いこと多いこと。こんなとき自分なら? と考えさせる仕掛けに満ちています。著者や配偶者が息子にする助言、意見の伝え方も、実に参考になります。子の意志を尊重しつつ、ヒントとともにさらっと。自分で考えさせるために。
考える力って一朝一夕で身につくわけはなく、スモールステップがいかに大事かということを痛感します。2冊通して読むと、息子さんの聡明さと健やかな成長ぶりに涙が滲む。間違いなく良い青年になるだろうなあ。家でガミガミ言い続ける私は反省しきり。
どの国の社会も多くの課題を抱えていますが、日本は起こっている問題を当事者に押しつけがちな風土があるように感じます。自己責任という言葉に代表されるように。共有する感覚が少なく、冷淡な対応で、見たくないものには蓋をする。多様性を目指すと言いつつ一向に刷新の図れない内閣、高年齢のしかも男性ばかりが集結した政権運営。より良い社会になってほしいから、選ぶ側も一層真剣にやらなくちゃいけないんじゃないか。そう強く思います。
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source : 文藝春秋 2023年11月号