新著『アジア発酵紀行』を上梓した。日本の発酵の起源を探しにアジアの辺境を訪ねる紀行作品である。第Ⅰ部ではラオスやミャンマーの国境、中国雲南省の熱帯とチベット、そして第Ⅱ部ではネパールからヒマラヤを下り、最後はインド北東部のマニプル州へ辿りついた。このマニプルの森の中に、日本の米でつくった「糀(こうじ)」の古代のルーツを思わせる発酵文化が人知れず継承されていたのだ。米を挽いた粉を薬草と一緒に鏡餅のように練り上げ、カビを生やして糀とする。甘酒やどぶろく、焼酎の発酵のスターターだ。
このインド式糀をつくっているのは、メイテイ族という少数民族のなかのさらにごく一部の氏族のみである。日本でメジャーな米でつくる「糀」は、それが伝来したとされる大陸中国ではほぼ姿を消している。現在中国や韓国で見られる麹のほとんどは麦を原料につくられる“麦”偏の「麹」である。水の乏しく乾燥した東アジアの平野部では麦のほうが発酵のスターターとして適していたのだろう。しかし、バングラデシュとミャンマーに挟まれたインド・マニプル州は標高800mほどの適度に温暖な高地である。水にも恵まれ、日本のような水田の景色が広がっている。湖や池から湧き出るように獲れる魚を発酵させた保存食と豆を発酵させた納豆をスパイスで味付けし、炊いた米と食べる。インドのスパイス食と和食が合体したかのような、見たことのない食文化が根付いているのが、インド人ですら足を踏み入れない秘境、マニプル。日本とよく似た環境のなかで糀の文化が根付いたのだ。
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