わたしは本年8月、50年つづけた洋書店を閉じた。90歳をすぎたのと、後継者が得られなかったからである。業界にもう少し希望がもてれば後継者が現われたかもしれないとは思った。
近年わが国では書店がつぎつぎ消えている。1990年代末に2万300店あったのが、いまでは1万店をきり、激減している。その理由や将来予測、それへの対応等についてはさまざま論じられている。このたぐいの話は、EU諸国についても聞くから、わが国に限ったことではなく、世界的にも紙の書物、書店文化が転換期をむかえているのだろう。わが国はもともと書店が、その数、人口比とも欧米にくらべ桁違いに多く、わたしたちはその恩恵にあずかってきただけに、激減の影響はきっと広く深く、計り知れない。
ここでわたしの洋書店廃業を、世界のこの流れに関連づけて負け惜しみを言うつもりはないが、50年をふりかえると、やはり「デジタル化」が叫ばれ、「ネット通販」が横行する時代への愚痴にもなる。
1974年、自由に身動きしたい一心で、英米の主として大学出版局の代理店を脱サラし、飯田橋近くにエルベ書店を設立し、のちに神田神保町に移った。わたしは洋書の調査・仕入ればかりで、営業経験はまったくなく、実際には自由な身動きの夢は遠のいた。幸い、人文系のドイツ書を中心にした分野・テーマごとの文献通信が好評を得たようで、その反響がただちに数多くの受注となってわたしを驚かせた。
わたしが心がけたのは、研究者個人との直接的な接触であった。大学の購入規制もおおらかなようだった。直接接触することで個々人の関心テーマを知り、習わぬ経をおぼえて通信に反映させ、研究者のニーズにこたえてきた。通信台帳には書名ごとに注文者名がすべて記入されていて、その記録を廃棄するのは惜しかった。
発注者は、後年しだいに個人から機関にかわったが、だれの注文かが分かれば研究者とのつながりが感じられ、文献の調査や案内につとめた。しかし、情報は書店、注文はネット通販への流れが大きくなりはじめると、これには、なす術もない。
外国の仕入れ元との関係もそうありたかった。当初は取次会社にたより、やがて極力個々の出版社との接触を拡大していった。その最大の機会は、毎年のフランクフルトやライプツィヒの国際書籍市。各地方にある有力出版社にも出向き、旅も楽しんだ。
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