フランク王国研究と「ヨーロッパ」史

菊地 重仁 歴史学者
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 ドイツに留学している頃、同じく博士論文を準備中だったドイツ人の仲間に「シゲトは日本人なのにミュンヘンの街を歩いている誰よりカール大帝に詳しいんだから」というようなことを言われた。文脈は忘れてしまったものの、確か自信喪失気味の私を励ますように、褒め言葉として言ってくれたはずだ。ありがたくは思いつつも、学問的な達成において国籍などに意味はなかろうし、専門家ならば街を歩いている素人より知っていて当たり前じゃないか、と内心反発するところもあったことは覚えている。さらに今振り返ると、彼の発言には、カール大帝はドイツ人の祖先というような無意識の前提も垣間見える。しかしこんな批判めいたことを書いているにもかかわらず、カール大帝期を中心としたフランク王国の歴史を研究している私が自分の職業を紹介する際に、同時期の日本の君主を引き合いに出しつつ「ドイツ人が桓武天皇の研究をしているようなものだと考えてください」などと口にしている。大いなる欺瞞である。

 ところでカール大帝と桓武天皇とで大きく異なるのは、後者が日本という国号が定まって以降の君主だということで、したがって日本史という文脈の中で語ることに問題はないだろう。しかしカール大帝はどうか。ラテン語でカロルスと呼ばれた彼は、母語たる当時のゲルマン系言語では確かにカールと称したものの、それはまだ「ドイツ語」ではなく、彼自身も(当時まだ存在しない)「ドイツ人」ではなくフランク人であった。かつては独仏間でカール大帝なのかシャルルマーニュなのか、ドイツ人なのかフランス人なのかといった「取り合い」もあったが、そんな狭隘なナショナリズムにとらわれた争いは不毛なのである(最近の日本のゲームでは、カール大帝とシャルルマーニュが別キャラクターとして扱われているようだが!)。

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source : 文藝春秋 2024年7月号

genre : ライフ ライフスタイル 歴史